2007年05月27日

園長&雑談

一昨日和光園長と雑談

 過日知人の医師より、前川園長に渡して頂きたいメールが届く、おそらく前川園長のアドレス知らないで、私に送ってきたと、思われる。早速午前11時過ぎには、身体は空いていると思い園に行きました。園長室を覗くと不在で事務長室に行って、園長を探して頂く、直ぐに園長は見えた。私は直ぐに知人の医師の依頼文献を渡し仕事に行く予定でしたが、話が弾み30分余り雑談をした。

内容は過日奄美市から「和光園の将来構想」の件で、市民部長他健康増進課から2名と合わせて3名の職員が説明にこられたみたいです。
中身は余りなかったと伺った。施設側は、園長他幹部職員&自治会役員が出席したみたいです。それにたまたま九州の東本願寺の住職が10名近く園を訪れていたので、自治会長の許しで、意見交換の場を傍聴いたしたみたいです。

園長曰くあの方々は本当にお坊さんですかと訪ねました。私はお坊さんにも、ピン〜??まであるのではと、答えました。現在前川園長は
昔園にいました。「小笠原登先生」の事を調査しているみたいです。
それでは、私の所に小笠原登先生の本が3冊ほどありますので、近い内園長室に持って来ることを話した。

最後は趣味の写真の話になり、今度カメラを購入するみたいです。
私が愛用いたしています。キヤノンのデジタル一眼レフにするみたいです。


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2007年05月23日

郡医師会に移管へ

養護ホーム「なぎさ園」の経営

奄美市社会福祉事業団

 保育所など7施設を経営する(社)奄美市社会福祉事業団(理事長・平田隆義市長)の2007年第2回理事会と評議員会が21日、同市役所であった。経営行き詰まりで大島郡医師会への移管を検討中の養護老人ホーム「なぎさ園」について、平田市長は「9月には決定し、年内に移管したい」とした。
 「なぎさ園」は建築から約50年たち老朽化した建物の建て替えが長年の懸案だが、事業団の設立者である市の財政難などから実現できず。市が10年以上前から郡医師会に経営移管を打診してきた。郡医師会は昨年、移管を受ける方針を決定。同園職員の処遇問題が課題に残されている。
 同園は昨年10月に介護保険適用施設となり、入所者60人中22人が介護サービスを利用。市内の事業者から受託希望もあったが、平田理事長は「介護が必要な入所者が増える中で医療と一体に運営でき、これまでの経緯からも医師会への移管が最適」との考えを示した。
 
 議事では事業団本部や7施設の06年度事業報告を承認した。

    (5月22日・地元新聞大島が伝える)

 私見を敢えて申しますが、以前紹介したと思いますが?入所者60人とは、和光園の入園者と同数である。
おりしも、昨日奄美市と自治会間で今後の「将来構想問題で意見交換」があった。詳細については、後日紹介します。

 さてこの問題を考える時に、現在の(第2の夕張市)とも言われている。奄美市に和光園の将来構想は期待できない。
全て(本省)にまる投げある。奄美市は「和光園の将来構想」問題に取り組みすでに6年目に入ったが、未だに「長寿医療センター」を、和光園内設置の要請をこの3月再度致したが、回答は何処え??
ただ対岸の火事で済まされる問題か?今一同検討委員会にて真摯に検討していただきたい。
 
 また現在中央にて「ハンセン病基本法」&施設毎社会復帰の選択肢が言われているが?入園者も真剣に考えて、選択していただきたい。
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2007年05月21日

奄美和光園の現在&将来構想

ハンセン病療養所は今

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「長いトンネルを抜けた」−。90年にわたる国の強制隔離政策は違憲、と断罪した熊本地裁判決(2001年5月)で、ハンセン病元患者は??人間であること?≠?取り戻しました。しかし、「最後のひとりまで面倒をみる」と約束した国は、6年を経た今も、元患者の将来への不安にこたえていません。59人がくらす国立療養所「奄美和光園」では――。


*私見ですが、この記事は5月20日の赤旗新聞(日曜版)です。
過日掲示板に書きこみ致します。
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2007年05月15日

三味線自主教室

マンデー三味線自主講座に参加する。

過日龍郷町の公民講座の一環で今年は昨年に引き続き「新民謡教室&男料理&三味線自主講座」を申し込む!

過日初めてマンデー三味線教室に行く。教室には、先生の村田さん他10名前後の方々がいた。新入生は私と、女性が一人いたが?ズブの素人は私だけでした。
でも直ぐに仲間に交わり2時間程サブリダーから、大分初心者のイロハを教えていただいた。(感謝)

でも楽しみは、練習後に待っていた。近くの喫茶店にて、コヒーを飲みながら、(世間話)桃やま話を2時間近くするそうです。
私も第一回目は一諸に桃山話の輪に参加した。
なかなか感じの良い仲間でした。毎週月曜日午後7時〜9時までが練習時間ですが?帰宅は11時前になりそうです。

私の仕事の休みも月曜日に今後合わせることにする。
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2007年05月13日

将来構想問題!

過日新聞赤旗「日曜版編集部・記者・奄美和光園取材」
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(写真は党事務所内)



 記者のMさんは、私の知人で熊本判決以来の知人でした。1泊2日の短い時間帯で、前川園長&自治会役員と話し合い、園の将来構想問題で、意見交換したみたいです。
私に旨く連絡取れず、2日目に奄美市の議員より、携帯に電話があり、貴方の知人が、東京から来ていることの連絡受け、市内の党事務所内で会う。
 
 暫く園の事を説明いたし、議員&記者と私3名で奄美市の市民部長&福祉部長に挨拶に出向いたが、あいにくの会議中で健康増進課の課長補佐兼予防係長の「重山納氏」が、対応する。
市会議員は用事の為に席を外したが、記者と私が意見交換いたしました。

 記者は和光園来る前に、私のHPの奄美市議会傍聴記事等を読まれてきていて、ある程度の知識は持って来たが?
結果的に現在の奄美市の結論は5年過ぎましたが、これまでと変わらず、「長寿医療センター」の設置を厚生労動省に要請する事で委員会で、纏めた事で、何も進んでいない事を理解した。

記者は小生が全療協中央執行委員時代に、多磨全生園の宿舎を訪ねたりした、知人で青葉町に住んでいる方です。
約3年振りの再会でした。

*私見をあえて言いますと「現在中央にてハンセン病問題対策基本法」問題が、浮上いたし、今後園を来訪する記者他関係者が来園すると、思われるので、園&自治会役員は、それなりの意志の統一を図り来客の対応をお願いする者である。
また近い内に園の将来構想委員会を設置の事を耳にしましたが?あくまでも、園が主役で「中央の役員」の言いなりは避けて貰いたい。
主権は自治会会員で在る。
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2007年05月01日

「ふれあい和光塾」開講式

「おじちゃんいるから楽しい」

過去最多15家族が参加

交流、畑外に広がり

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奄美市名瀬の国立療養所「奄美和光園」(前川嘉洋園長、入所者59人)で28日、入所者と市民が園内の畑で野菜作りを共にし交流する「ふれあい和光塾」の開講式があった。4年目を迎えた交流は入所者の自宅での団らんも広がり、塾生たちは「何より、おじちゃんたちと会えるのが畑通いの楽しみ」と話す。
 市内の小学生親子が対象で今年は過去最多15家族が参加。塾長を務める牧園忠義自治会長(86)は「らい予防法による長い隔離時代にはできなかった交流で、時代が変わったと感じる。皆さんの力で隔たりなく暮らせる世の中をつくってほしいとあいさつした。
 塾生たちは日常的に園の畑に通い、菜園を営む入所者に教えを請けながら野菜作りを楽しむ。10人ほどの入所者と日々交流があり、塾生との触れ合い経て社会復帰を果たした入所者もいる。受講2年目の糸ふじえさん(42)は「過去の辛い経験を表に出さずやさしく接してくれる姿に、尊敬を覚える」と話す。
 4歳と1歳の子どもと初参加する女性(37)は「土に触れ人と触れ合い、人間は平等で助け合って生きると言うことを子どもながらに感じて、生きる力を身に付けてほしい」と話した。
 講堂で自己紹介や栽培方法解説があった後、塾生たちは小雨降る園内の畑に繰り出し、早速ダイコンの収穫や耕運作業などに励んでいた。
 7月と12月に収穫祭を開くほか、塾生たちは和光園夏祭りにも参加して入所者と親ぼくする。

「地元新聞大島が伝える・4月29日」


 私見を言いますと、私もこのブログで教育委員会に啓発活動のあり方で意見を言った経緯がる。過日園に行きまして、「ふれあい和光塾」の件で、TV観たよといいましたら、在る入所者は、マスコミも一緒でやらせ記事を書くようになったと嘆いていた。私は外部の人間ですから、色々と言わないが、4年目に入ると、やらせもマスメディアの手に載り全国放映か?TVにも出るようなった。現在は啓発の一環としての役割が習慣になった感じがした!
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2007年03月18日

車椅子レクダンス

本日午後太陽が丘総合体育館にて車椅子レクダンス開催!

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(写真は身障者の皆さんと車椅子レクダンスの方々です。)


本日午後から、笠利にあります。太陽が丘総合体育館にて車椅子レクダンスが、奄美福祉協議会主催にて、車椅子レクダンス会員と奄美市身体障害者団体とレクダンス楽しむ。
小生は公民講座閉講式の為大幅に時間遅れ会場に着いた。着いてみると、新しい仲間や身体障害者の団体は会長の里島さんはじめ顔見知りの知人が数名いた。

私は今回は踊りの輪に参加したかったが、レクダンス会長他会員がリードいたし、楽しい時間を過ごしました。
最後に記念写真を撮りそれぞれ笑顔で帰路に向った。今回は障害者の皆様はバス2台に分乗して来ていた。小生は4ヶ月位練習をサボっているが、懐かしい顔と新たに奄美市の障害者団体と面識を持った。
posted by Moriyama Kazutaka at 19:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

公民館講座合同閉講式

平成18年度公民館合同閉講式開催

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(写真は新民謡講座の美人達です??)

本日午後から龍郷町中央公民講座の閉講式が午後0時50分から
りゅうゆう館・文化ホールで行われた。
私達の仲間(新民謡教室・生徒・約50名)は、プログラム2番目で、舞台裏で待機。だが開会の言葉他公民館館長・町長・教育長&受講生代表挨拶と時間をついやし、全員ユニホームに着替え待機していた。その間に傍にいる会員だけスナップ写真を撮った。
本番は取れなかった。写真撮影依頼を忘れた。
私は時間が大幅に遅れましたので、その足で車椅子レクダンスの会場と急いだ。
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2007年03月16日

上期撮影会

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2007年上期撮影会


18日(日)午前9時30分に出発した。
あいにく思う天気だが、逆にいい雰囲気の小雨模様だ!
6名に少人数になったが、2台の車で住用町の宇検村側の
川沿いで午前中の撮影をした。
2月なので新芽などが望めず苦労したが、12時で終了して
湯湾岳に向かった。
途中昼食を済ませて、頂上付近の駐車場で打ち合わせを終えて
それぞれが撮影に入った。3時の集合時間を機に撮影を切り上げて
気づくとMさんの姿が見えない!道に迷ったのではないかとあたりを捜索
集合場所へ向かわせたTさんが道路沿いで撮影していると発見して
胸をなでおろした。ところが集合場所では、別の登山グループが行方不明にあっていると
青い顔でいる。
1時間近くを費やしたが連絡が取れない。
早めに帰らないといけない会員がいたため、先に帰ったが気になって仕方がない。
消防に連絡してわかったが、私たちが帰った後にすぐ発見され、無事救出されたと聞いて
安心して眠れた。
いろいろあった撮影会でした!

*私見ですが、この記事は会長の掲示板から黙って頂きました。
今回の撮影で、私も自分の身体の体力になさにガックリ致しました。写真も満足の行く写真は撮れませんでした。又今回は何時も2名のメンバーも休み少し寂しい撮影会になりました。
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2007年03月06日

「総会」開催

「家族への差別、不安」ハンセン病回復者訴え

講演する志村さん
「共に歩む会」別府で総会
 「ハンセン病回復者の本当の人権回復と社会復帰へ向けて共に歩む会・大分」(御手洗礼子代表)は三日、別府市の県立生涯教育センターで総会を開いた。
 二〇〇一年、ハンセン病国家賠償訴訟の熊本地裁勝訴判決から今年五月で丸六年になるが、回復者らの不安は尽きない。会場では「今まで生きてきたこの場所(療養所)で暮らせなくなるのでは」「早く死にたい…」と漏らす回復者たちの生の声が紹介され、在園者減少という現実に直面している国立療養所の将来構想について問題提起があった。
 約六十人が出席。御手洗代表があいさつ。大分雄城台高校の放送部が、昨年八月に国立療養所星塚敬愛園を訪れて制作したラジオ番組「ありがとう」が、第二十八回九州高校放送コンテストのラジオ部門で優勝したことを報告した。
 菊池恵楓園(熊本県)の志村康さんが講演。「両親の墓参りができるようになった人は四百五十人のうち一割にも満たない」と話し、家族や親族が差別されるのではないかと不安を感じている回復者の心の傷の深さを告白。「人ごとではないという思いを共有することが差別解消につながっていく。議論はあくまで議論でしかない。一歩でも半歩でもいい。踏み出してほしい」と訴えた。
 この後、ビデオ上映とハンセン病国賠訴訟西日本弁護団代表の徳田靖之弁護士の講演があった。

 私見ですが、旧名瀬市(奄美市)にも、「奄美和光園と共に歩む会」があります。一昨年の総会時の内容をこのブログで紹介しましたが、(200511-1.htm)今年も近い内に総会が開催されるようです。
おそらくハンセン病回復者はだれ一人参加しないでしょう?
一部の役員だけで、何を話すのでしょうか?昨年はおそらく和光園関係者の懇談会はなかったと思うが?今年は??

*入所者との交流??

posted by Moriyama Kazutaka at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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