2005年06月19日

合同礼拝!

本日、「和光伝道所&名瀬教会の合同礼拝」を行う!

「聖霊降臨節第6主日礼拝」が、午前10時30分より、名瀬教会信徒16名を迎え「和光伝道所で行われた。従来は「ハンセン病を正しく理解する週間」で、行われていたが、法廃止後に、双方から、特に名瀬教会牧師の「江連実」先生から、和光伝道所の方は「病」は、すでに治っているのに、いつまでも「ハンセン病」を正しく理解の言葉の「垣根」をなくす提案で、直ぐに取り入れられ、平成8年以降に「合同礼拝」と名つけれられた。
それに本日の「説教」は、「本当の癒し」マルコ16章15節〜18節と短い箇所であるが、中身は、それぞれの信徒に、しっかり伝わった!病にもいくつかの病がり、医師の薬で治る病もあるが、また別の病もあるはずだ?例としていくつかのユーモアを、紹介し、説教された。
礼拝後の「愛餐会」には、和光伝道所から、一年の礼をこめて、「昼食」を出した。その後のフリートーキングでは、小泉非難や、弱者が住みにくい世の中になった。それにI・T抵抗組から、活発な意見も飛び出し、場を盛り上げた。愛餐後の最後の祈りで、来年の再会?この梅雨の中、名瀬教会信徒のみなさんありがとうございました。

・・最後に和光伝道所会員は小さい群れですが、「国・園・自治会」の啓発費は支援はいただいていない事を付け加えます。今週は園の行事で「ハンセン病を正しくする週間」で、バカデカイ啓発費、職員全体が、バックアップ体制で「ゲートボール大会」が、行われる。自治会は??いらない??クラブ会員数名の為!!

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2005年06月17日

副園長決まる!

この度「平成18年度予算要求統一行動」中で「本省」から、説明を受けたと、行動まとめに、出る。それに奄美の件では「6月2日」の作業部会で話し合われたが、外山課長も積極敵に発言をした聞いているので、医師一名(副園長)を送ってくる。
すでに「厚生労働省」では、ハンセン病療所の「将来構想」案は??出来ていると、取るべしかと、考えているのは、小生だけか?何か三年後に、思い切った施設には?・・
でも、正式に施設から、入所者に発表がない!何故か?

話は少し変わりますが、弁護団の退所者の入院制度は、「本省」は「再入所」しかないと考えているようだ、とまとめている。でも、何らかの制度は必要だ!まとめ!それでは沖縄二園の「退所者」入院&一般者の入院制度は?はるかに遠のいて行くのでは?では、奄美支部の五年後のビジョンは何処に??・・国立&普通の病院??法の見直し等は??
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2005年06月15日

いつまで?病床数

現在「中央」に、於いて「奄美和光園」の将来構想門問題、先行し「独自の作業部会」が行われている。しかし道程は険しいものがある。

先ずこの夏に「ハンセン病問題対策協議会」が、厚生労動省の「副大臣座長」のもとで開催される。地元和光園自治会は、本部一任・全医労他市議会議員も、全療協を後方から支援と!!地元新聞が、伝えている。また、西日本の弁護団が、5月20日に、来園する。
目的は、作業部会までに、奄美支部会員の「意見集約」。何を?と伺いたい。弁護士の先生の説明では、先ず「退所者」入院制度を、「本省」に認めさせる事!この件については沖縄二園が、その方向で動いている。各園自治会に「将来構想委員会」を設置するように、本部から、支部報等で流れているが、十二園が委員会設置しているかは、調査していない。

では弁護団の説明に帰る。個々で沖縄二園が「退所者」の入院制度の確立を認めさせる。次に「法の見直し」で他の市民も入院制度も「本省」に認めさせる事が、大事な、かつ厳しい問題ですが、それは一夕一朝では無理でしょう?出来る環境の園から進めて行きたいと、説明した。然るならば、和光園の入園者の数もある程度増員すると説明。また療養所のスタッフの数も、ある程度の削減を止める事が出来ると説明。

しかしながら、早くとも2年〜3年の時間はかかると思う。でしたら、園のベッド床はいつまでも、現在の「ベッド」床を維持出来るのであろう?それに入院となると、名瀬市含め医師会等の了解(協議)も必要である。まして3年後に「入院制度」が?その時に入所者の数は?何名でしょうか?この問題が遅れるほど、職員の数も減になり、和光園が、他の十二園の捨石にならいように、各代表に期待したい。
現在の奄美和光園「ベッド」床数・「病棟・・30床・不自由者棟・・73床・・一般者65床・・」合計168床・男性・28名・女性38名・・転院治療2名・・現在数66名です。・・いつまでもベッド床は、「確保」出来るか?また開かれた園には・・程遠いのが、現実である。
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2005年06月13日

精神障害者共同作業所

「障害者雇用に理解を」
鹿児島市で推進セミナー・・・・・本県は高水準維持

障害者の雇用促進を推進する為26日、鹿児島市与次郎一丁目のサンロイヤルホテルで「県障害者雇用推進セミナー」が開かれた。志学館大学法学部の近藤功行助教授が講演を行い、ノーマライぜーションを訴えた。
県内の事業所での12年度の障害者の実雇用率は1.98%「障害者雇用促進法」では56人以上の事業所では1.8%の障害市者を雇用することが定められており、全国と比べて高い水準を保っている。雇用した場合には賃金の3分の1〜4分の1が1年ー1年半の間助成される。・・中略・・「全国トップの雇用率を誇っていても、障害者雇用が難しいことだと思われている。このことは、当たり前に障害者が働ける世の中ではないことを反映した結果。そもそも1.8%と言う数値でさえ高くないのでは」と指摘した。・・・「現在障害を持つ人が就職した場合にマンツーマンで付き添って援助するジョブコーチ制度も出きた。身体や知的、精神障害者の雇用を促進する企業が増えてほしい」と話していた。
2002年(平成14年)2月28日(鹿児島新報)が伝える。
これらの視点から、今回「文部科学省」の研究費申請が内定し、平成17年度・平成18年度の研究費が、認めらられたので、「鹿児島・奄美の精神障害者共同作業」他を、研究するために、この夏奄美入りする。小生も手伝う羽目になった。

※近藤功行先生は、現在>「沖縄キリスト教学院大学人文学部英語コミュニケーション学科」教授
http://www.ocjc.ac.jp/faculty/kondo/kondo.htm

同大学で、「ハンセン病医療医学を学ぶ視点」と題し、一般社会人・学生向けの公開講座を開講中です。
http://www.ocjc.ac.jp/gakuin/koukai/05/2005_mae.htm
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2005年06月09日

映画「アダン」鑑賞しました

昨日夜の部上映の「映画・アダン」を鑑賞いたしてきました。名瀬では、今月まで一日二回上映いたします。
それで今一観衆は、いなかったです。奄美の人の悪い欠点かなーそれとも曜日が、悪かったのかなー、映画に関しては、良い映画ですが、私などが観て、聞いている。「田中一村」さんではなかった。少し淋しい思いもある。俳優の「榎木孝明」さんの、演技は見事でした。映画のストーリは、東京の画壇で入選落ちいたし、審査委員に意見を言いまして、その以降、自分の「書きたい絵を追って奄美大島に来島いたし、先に「和光園」の園長を尋ねてきたのでありますが?園長か小笠原先生か、はっきりしていないです。小生は小笠原先生と聞いていましたが?「日本復帰50周年記念映画」で、意識してか、和光園の事を、映画に取り入れてないです。一村の変人は、東京にいるときからだったみたいです。それにしても、一村を陰で、支えている、東京のお姉さんには、大分助けて頂いた看たいです。結婚もしないで、支援していたみたいです。やはり「孤高の画家・田中一村」さんは、最後まで、自分の納得のいくまで、奄美の自然を相手に過ごして来ました。生活は質素で、田中一村さんの、絵は「現在も中央で話題に」?現在多くの画家が一村の影響を受ける時代にと?地元新聞に連載されている。いまパソコンの入力中でも、クッカルの泣き声が聞こえる。一村が追い求めて描いた鳥の名前です。是非皆さんも、映画鑑賞を!!
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精神障害者共同作業所尋ねる!

本日午後から「精神障害者共同作業所」・「明りの家」を訪ねる。私は二度目ですが?(東京行く前)知人の大学の教授と伺った記憶がある。その時は未だ、始めたばかりで手策りくらいのの仕事でした。
所長の「恵川龍一郎氏」は以前京都で、同じ仕事をしていたみたいですが?島に帰り「島の精神障害者」に手をさしのべる人が少ないと言う事で、自宅を作業所にいたし、お母さんと二人で行っていました。
現在は「NPO」法人を立ち上げ十二名の精神障害者の支援を、行っている。現在一日五名〜八名の方々を、送迎いたし、作業を行っている。現在はハウス栽培にも、力をいれている。
それに立派な作業所も出来ているが、最近の不況で仕事が少ないと嘆いていました。
でも、県・市にも、理解頂き、支援援助金のお陰で助かっていると、話された。三年の年月は、見事に大輪(福祉)の花が咲きそうである。今回は私と知人の記者は、遅い昼食を皆で食べました。最後に私事ですが?今回の訪問は知人の「大学の先生」が、この夏から一年掛て、鹿児島県と奄美大島の「精神障害者共同作業所」の研究目的で訪ねた。

現在優秀な指導者が、スタッフの一員として、恵川所長の手となり足となり、一緒に汗を流していた。それも私が知っている人でした。皆さんの汗が太陽で、「キラキラ」と輝いていた。帰りに手作りのきゅうりを頂いて帰った。またの再会を記念いたし、写真を撮ってきました。
また帰りに恵川所長から、「モレ小屋」の話と現場を案内頂きましたが?次回まで調査いたし、紹介したい。モレとは島では乞食と言われ、昔山谷に小屋又防空豪に住んでいた。「ハンセン病他の病」集団が生活しいていた場所である。???・・

 写真の左川の二名目が、恵川所長で、その左が、塩元指導員、右端の長袖は小生です。
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2005年06月06日

基俊太郎氏

過日南海日日新聞より記載されていた、彫刻家の「基俊太郎」氏を少し追ってみた。

「基俊太郎」氏は、奄美和光園の近隣集落の「浦上集落」の出身でした。当時奄美でも、広く名が知れていたと、伺う。何故和光園の納骨堂の設計を?多分詳しいことは調査いたしていないが、当時の園幹部に浦上出身の職員がいたからかなーと憶測で考えている。
それにしても、有名な彫刻家の旧納骨堂一体の整備をと、今日午後から「福祉室長」二名で、旧納骨堂一帯に出向き森田が説明する。近い内園幹部を案内いたし、何かを考える必要?はないのか?と依頼する。
それにしても、「基俊太郎」氏は、何を考え設計したのか、考えたい。やはり「ハンセン病」に深い理解があったのでは?・・・(合掌)
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「写真提供・南海日日新聞」
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2005年06月05日

主日礼拝!

「聖霊降臨節第4主日礼拝」

本日は月初めで、毎回月に一度「名瀬教会」牧師 江連実先生の担当で、午前8時30分より行われる。「説教」題は、「大司祭の屋敷で」として、江連牧師が説教されました。
聖書のヨハネ18章の12節〜27節のヶ所をテキストとして、話された。和光園の教会は、好善社に代って建立された。現在和光伝道所は、石原英一牧師・治代夫妻にて守られている。石原牧師は、私の療養所の人生の師でもある。
今後ぼつぼつ教会の事も発信しますが?教会のホームページは名瀬教会牧師「江連実」先生が、管理していますので、毎回の説教は名瀬教会のホームページより聞く事ができますので、どうぞ聖書に興味のある方は名瀬教会のHPを開いて下さい。

http://www.geocities.jp/nazechurch/
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田中一村と奄美和光園

田中一村の住居は、和光園と目と鼻先の民家で、一人創作に励んでいたと、伺う。
小生も一人で近隣の大熊集落の紬工場に通っている。一村さんを観た覚えもあるが、一村先生と和光園は深いつながりがある。先ずは、日本のハンセン病の医師として、有名な、小笠原登先生「真宗住職」の資格を持ち園内で、仏の教えもしていたとも聞かされている。
小笠原登先生は一九五七年(昭和三二年)奄美和光園に就任・その後に現在大島寺の住職のFさん・それに、田中一村先生のアングル関係が始まる。一村先生・F住職は、ハンセン病は、怖くない病気であると、教えを受け、園内に入り込み、入所者の家に上がりこみ、お茶を頂きながら、当時カメラの時代は未だ園?そこで一村先生は、多くの入園者の「肖像画」を描いた。同じくF住職も未だ園までの、道路が悪く、山越えで、園まで来る。三人の先生は、何を話題に、雑談致したかは、未だ健在のF住職に伺ったら、面白い、エピソードも聞かれるかも知れない。ただ残念ながら、昔の一村先生の住居後はない、現在は、近くの集落に移動され、日々観光客が訪れている。さらに小笠原登先生が一九六六年(昭和41年)高血圧?)で倒れ和光園を去る。同所退職(10月)最後に小笠原先生・田中一村先生・F住職は、「ハンセン病」対し全くの偏見と差別は、持ち合わせていなかっただろう?小生も近い内映画鑑賞に行く事にする。今は偉大なる二人の先生に対し、今はただ・・(合掌)                           「奄美群島日本復帰50周年記念映画」
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映画「アダン」上映

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一村モデルの映画「アダン」
名瀬で先行上映、観衆満員!
エキストラ出演の市民も

奄美大島で半生を過ごした孤高の画家・田中一村をモデルにした映画「アダン」は四日、全国に先駆け名瀬市の映画館「シネマパニック」で封切られた。
会場には上映を楽しみにしていたファンら満員の観衆が訪れ、奄美を舞台にした映画を堪能した。
映画は奄美に移り住んだ画家・一村と架空の少女アダンとの出会いどを描いたフィクション。県出身の俳優榎木孝明さんが一村役を、オーディションで選ばれた木村文乃さんがアダンを演じている。会場にはエキストラを務めた市民などを含む大勢の市民が訪れ、作品
を鑑賞した。
名瀬市の屋嘉比厚子さん(三九)は一村ファンの息子・寛君(一二)と二時間を超える大作を鑑賞。「息子も楽しんでいた。実際にあった一村のエピソードも盛り込まれてあり、感動した」と親子で笑顔を見せていた。
全国で先行上映は同映画館で七月一日まで一日二回ある(木曜日休館)。奄美大島では五日に瀬戸内町の清水総合体育館で、十二日には宇検村元気の出る館で午後二時から上映がる。
地元新聞「南海日日」が伝える。
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2005年06月03日

基俊太郎氏が死去!

奄美の自然保護運動に先鞭!
名瀬市の国有林・金作原の保護運動を提唱するなどの奄美の自然保護運動に先鞭(せんべん)をつけた同市出身の彫刻家、基俊太郎(もとい・しゅんたろう)氏が二日午後七時五十分、埼玉県秩父郡横瀬町横瀬三四〇三の自宅で亡くなった。八十一歳だった。告別式は四日午後三時半から同横瀬三五三七の東林寺で営まれる。喪主は妻の俊子(としこ)さん。
基氏は一九四二年(大正十三年)生まれ。東京美術学校(現・東京芸術大学)彫刻科を卒業後、同科助手として彫刻のかたわら造園、建築、家具の研究を始める。芸大を辞した後に渡米し、ハーバード大学造園科で論文「空間の概念と形式について」発表。(財)禄山
美術館顧問。
六十七年以降、郷土の自然と人文にも関心を持たち、金作原の保護など奄美での主な制作には輸血用の血液輸送で墜落した自衛隊の慰霊碑「くれないの塔」(六十三年、名市)、国立療養所奄美和光園納骨堂(同)、昇曙夢記念公園(七十五年、瀬戸内町)などがある。  
地元新聞(南海日日)が伝える。
本日の南海日日新聞を、読んで、園関係者は、勿論入所者も、そのまま目を通して、読み流したと思うので、一言!
先ずは、小生のホームページの「写真館」を開いて見てもらいたい。そこで、有名な彫刻者作成「納骨堂」の写真と「階段」の写真が、載せてある。小生みたいな素人にも、解る様な「設計」になっているのは、だれか気づいた人はいますか?小生は園内で「保存の価値」ありと書いていますが?施設側の考えは?特に事務部方のAさん、詳しく知っているのでは、他の園では「資料館」設立で予算要求いたしていますが?現在園の自治会は休会中であるが?ただただ傍観し、時間の通り過ぎるのを、待つのですかね?本省の「疾病課」が、調査に来たと、伺っているが?中身は?自治会に知らされているのか?将来どの様な形で、あの歴史的な、一体を?施設幹部は視察する事は、必要だと小生は考える所です。これまでの先人達の霊に対して!!・・
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2005年06月02日

奄美和光園長と挨拶!

本日午後5時30分より、映画「あつい壁}実行委員四名奄美和光園に出向く!
目的は、映画「あつい壁」の協力要請でした。施設側は、前川園長一名が、対応した。
話の趣旨は、森田さんから、聞いているので、先ず園側の説明をする。施設として名前を出すのは、本省からみもあるので出せないが、他に協力出来ることがあれば致したいが?どうですかの、説明でした。
各実行委員も今日は挨拶程度で抑えていて、今後もあるので、園長のコメントを了解いたしました。最後に森田の家で30分間今後の会の進め方を協議いたし、解散した。
森田としては、確かに、施設にあるパネルの件が気になる。施設はないと、言っているが、再度聞いて見る。今回は園長の見事な対応に感服する。今後知恵を絞る必要があると感じた。私見ですが?・・

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2005年06月01日

映画「あつい壁」上映実行委員会

明日午後五時三十分より、映画「あつい壁」の実行委員会のメンバー数名が、和光園幹部職員と「懇談会」を持つ。今回は、映画上映を側面からの支援依頼ですが!
今後は母体である「奄美和光園と共に歩む会」は、園の「将来構想」等の問題も、懇談会の要請も考えている。さしあたり、新園長に挨拶いたし、映画協力をお願いする。
今後は、名瀬市とそれに市議会との懇談会も視野に入れている。
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奄美全医労支部懇談会延期

この度映画「あつい壁」実行委員会より、全医労奄美支部に懇談会を「書簡」で申し入れたが、現在組織が未だ「まとまり」が、出来ていないので、しばらく懇談会をキャンセルと、昨日口頭で、支部役員が私に申し入れてきた。
私は役員でなく、実行委員の一人であるので、書簡を出した会長に直接文章を持って連絡するように、言いました。

それにしても、一番動かなければならない、職員が何故!と聞きたい。今後開かれた園にするのであったら、自ら、先頭に立って行動に移すべきでしょう?
理解に苦しむ所である。「偏見・差別」等を無くすのに、職員が後ろに下がることは、どうでしょうかね!未だ上映までには、時間があるが、積極的に行動に移してもらいたい。また「奄美和光園と共に歩む会」今後全医労奄美支部と時間をかけて協議の場をこれから持ちたい矢先に?何故だろう?組織がまとまってないと言うのであれば、それでは何故九州五園の全医労役員との会議または名瀬市議団と懇談会は何故?理由にならないのでは?
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2005年05月26日

動きだした!

続き!
昨日厚労省役人数名と書き込みました。やはり偉い役人が来ていました。「国立病院課」の、課長「外山千也・とやませんや」氏他数名来園し、旧自治会役員と懇談その後、施設幹部だけと、懇談をする。それにしても、隠密行動は良しとして、旧自治会(施設が付けた名)と「懇談は」良いのですが、事務所に座って居るばかりが?じゃない。作業賃頂いているのでしたら、最低限の事は、会員に話すべきではないですか?中央では直ぐに「奄美和光園」の将来構想作業部会が、開催されますのに、何故ですかね!今後は最低限の事は、知らせて下さい。それとも施設から止められていますか?えらい違いますね、弁護団来園と、今後どのような作業部会が、行われますか?結果はどうであれ、主権は「作業部会」の委員に委ねられている。
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2005年05月25日

厚生労働省役員来園!

本日午後から、厚生労働省役員数名他来園!

目的は入園者には、知らされていない。何か施設だけが、世話しく動いている。直直の上司かなー秘密の内に、園内視察と納骨堂へ参拝?また旧自治会と懇談をする。自治会はあるのか?休会なのか?施設に問いたい。それに弁護士の扱いと、厚生労働省の扱いは違う!ここでも、入所者の主権は、無視?
和光園の「将来構想問題」は統一交渉団と厚生労働省の綱引きは、何処まで続くのか?最後に入園者(そこに住む方々)の意見が議論されなかったら、絵に描いた餅にしかならない!明日休会の自治会?に行って詳しく聞いてみる。
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2005年05月22日

弁護団帰途!(追加)

昨日大事な事を、忘れていましたので、追加します。

弁護団は、二十日午後に和光園入りを伝えましたが、徳田康之弁護団代表は原告の赤塚さんの案内で、「名瀬市役所・市民部長」に会い「今後の和光園の将来構想」の件で意見交換した。市民部長は今後市で、これまでの委員会が解散しているので、今後幹部と協議いたし、早急に「奄美和光園」の「将来構想委員会」を立ち上げて、和光園や弁護団と共に「明日の和光園」の構想が出来るのか?
すでに草津(栗生支部)では、行動を起こしている。「園とまちの明日を創る会」が、群馬県知事に協力要請と?
名瀬市の今後の「和光園の将来構想」のメンバーには、市議会・全医労・和光園・他の人選を緊急な設立の責務を、市は抱えた。今回は入院ベットの件を含めると、医師会からの、説明も必要で、新たなる「法律の見直し等」含め問題は山積している。平田市長・金子県議会議長・国会議員のサポートは、如何に?委員会の誕生に期待する
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2005年05月21日

弁護団帰途!

私見!

今日午前中に不自由者棟の会員と話し合い、最後は退所者会と話し合いをした。
不自由者棟の会員は弁護団から、将来は退所者を病棟に入院させる。法の整備を急ぎ、早いうちに問題をひとつひとつ整理したいと、話された。それに昨日前川園長との話し合いで、園長は、外来患者が多くても、入所者の「将来構想」問題も、真剣に考えて行きたいと話をされ、医師不足問題まで、弁護士と協議した。弁護士も早速医師確保に行動すると協議し、弁護団は新園長に大きな期待を持たれた。弁護士は今後は「将来構想」についても、意見交換するみたいです。

それにしても、沖縄二園は、退所者の「入院制度」を、いち早く取り入れて行くみたいと、弁護士から、説明されたが(健康保険書利用)名瀬市では、本音で、医師会がベット数の件で、テーブルに付く事は、早くても、二年・三年は掛かると思われる。それにしても、近い将来不自由者棟に移動されるのであろうの元気な入所者の出席数がなく、意見の集約はこれで終わりではない。が「在園作業部会」は開かれるし、夏に開催される「統一交渉団と厚生労働省」との「ハンセン病問題対策協議会」には、奄美支部代表の声も「全療協に一任」と、おかしな形で会議が今後進められるが「現在の全療協の力}??未だ全原協の力が目立ってきているなかで、最後に弁護士から、せめて自治会の代わりに「将来構想委員会」を立ち上げて頂きたいと言われた。

しかし、毎回ですが、弁護団の説明には、元気な会員も出でこない。意見集約は出来るのかは、「全療協本部」が、良く理解しているのでは?すでに船は出港いたし、いずれは港に入港する事でしょうが?今後名瀬市と弁護団との協議の中で何時頃に双方の意見のまとめが出るか?或いは全医労組合の力は??これから長い時間との戦いは始まった。
入所者の減と、どちらが先に「将来構想問題」の道程は??今後各代表の働きに、期待する所である。
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入所者の意見集約課題!

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奄美和光園の将来構想「西日本弁護団が来園」

らい予防法違憲国家賠償請求訴訟弁護団の弁護士が二十日、名瀬市のハンセン病国立療養所・奄美和光園を訪問し、厚生労働省を交えた作業部会で協議進められる同園の将来構想について、入所者への説明会や園長ととの面談を行った。同園自治会が今年四月から休会する中、将来構想に対する入所者の意見集約のあり方などが今後の課題として示された。

来園したのは同弁護団の徳田康之弁護士、国宗直子弁護士、小林洋二弁護士の三人。和光園の将来構想は厚生労働省や全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)などでつくる「ハンセン病問題対策協議会」の在園保障部会で協議が進められており、入所者の意見を構想に反映させるための確認作業が今回の来園目的。今日二十一日までの日程で入所者や退所者、遺族らを対象に説明会を開き、和光園の将来構想に関する協議内容・経過を報告するほか、将来構想に対する意向を聞く。二十日にあった一般者の入所者を対象にした説明会では、名瀬市などが昨年七月に国へ提出した将来構想、「国立長寿検証センター」併設案経過が報告されたほか、園自治会の休会を受け、入所者の意見を集約する組織の必要性も指摘された。

和光園の入所者は現在66人で全国に十三ある国立療養所の中で最も少なく、平均年齢は七十八・六歳(05年五月一日現在)と高齢化が進展。早急な将来構想の確立が求められている。今月十七日には九州・沖縄の五療養所の職員組合代表が参加した全日本国立医療労働組合九州地方協議会(全医労九地協)の代表者会議が奄美(名瀬市)で初開催され、療養所の将来構想については全療協の意向を後方から支援するととの方針を確認した。翌日十八日には全医労九地区協と名瀬市議会議員組合との懇談会が開かれ、市議会は全療協と密に連絡を取りながら、市が提出した「国立長寿検証センター」併設案の実現へ向け支援していくとした。______
・・・地元新聞大島が伝える!

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2005年05月19日

あつい壁映画試写会を行う!

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今日午後7時から「あつい壁の実行委員会」を開く、「共に歩く会長」から、今回の予算等が説明される。合わせて、後援・協賛・協力の「署名用紙」を作成し、それぞれの委員に配れた。その後委員は、ビデオ鑑賞いたし、次回は来週の金曜日に新たに実行委員会を持つ事を決めた。すでに実行委員の数も増えてきたが、合わせて世話しくなってきた。今後手分けいたし、委員がそれぞれが、役割りの仕事をする。特に主な所「役所関係・和光園・公の出先機関には、牧山委員長と福田支援会長と森田が引く受け、学校関係は現職の先生方に依頼した。
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