本日施設当局より「映画・あつい壁」のカンパいただく!
過日映画「あつい壁」の実行委員4名が和光園園長を尋ねる。映画の協力を依頼しましたが協賛とか後援は出来ないので、何かで手伝いをする事で、「カンパ」を申し入れていた。当日会長がいなくまた「領収書」がなく本日まで延びました。
先ずは、奄美和光園様に厚くお礼申し上げます。(感謝)
さて問題は全医労だが?何の連絡も来ない明日の実行委員会で、はっきりアポを取り会いに行くしかないみたいだ!何故だ、一番関係のある職員が前に出ない理由を聞いてみたい??
2005年07月12日
2005年07月11日
ふれあい和光塾!
七月九日午後四時から、「ふれあい和光塾」の収穫祭が行われる!
少し私見を、加えますと、何故??「マスコミは正しい報道」をしないか?別の角度からも、取材するべきでは、ないでしょうか?私は「松田課長は良くご存知ですが」何故年度末は、またいつもの??何故ですかね!下記に「厚生労働省」の「ハンセン病を正しく理解する週間」を入れてありますので、読まれてみてください。・・・ついでに入所者参加数四名〜五名と聞く!!参考までに!!
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/hansen/rikai/2.html
収穫祭で入所者と交流!!ボランティアも支援!!*新聞の記事の詳細は南海日日新聞のHPで読んでください。
ハンセン病への理解を深めようと名瀬市が主催する「ふれあい和光塾」(牧園忠義塾長)の収穫祭が、九日、同市国立療養所であった。九家族が四月に植えた野菜を収穫、入所者らとともにバーベキューを楽しみながら交流を深めた。
同塾は、農作業を通じて地域交流を図ることを目的に昨年スタートした。今年度は九家族が参加し四月開講した。一家族二十平方メートル農園でさまざまな野菜を植え付け、入所者のアドバイスを得ながら育ててきた。
収穫祭には、家族のほか和光園入所者と職員、大島工業のボランティアグループ「工業本店」など約六十人が参加した。・・・・中略・・・市教委の松田秀樹生涯学習課長は「後期は九月ごろ植え付け、年末に園や地域住民の協力を得て青空市を開催したい」と話す。
少し私見を、加えますと、何故??「マスコミは正しい報道」をしないか?別の角度からも、取材するべきでは、ないでしょうか?私は「松田課長は良くご存知ですが」何故年度末は、またいつもの??何故ですかね!下記に「厚生労働省」の「ハンセン病を正しく理解する週間」を入れてありますので、読まれてみてください。・・・ついでに入所者参加数四名〜五名と聞く!!参考までに!!
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/hansen/rikai/2.html
2005年07月10日
キャノンクラブ・キヤンプ
昨日キヤノンクラブ会員国直ビーチでキヤンプ&撮影会を行う!
午後五時に会長の「写真屋」前を今回六名の会員参加!車三台に分乗いたし、目的地まで行く、市内から二十分位です。早速目的地に着きますと、それぞれが、自分のポストでビーチの夕日撮影の準備に掛る。
私も三脚を出しカメラを取り付けたところで、望遠レンズを忘れた事に気が付き後の祭りでした。でも昨日は「ガス」発生いたし、良い夕日はとれないと、言っていました。
ガスってなんですか?と聞きましたら、「霧」がかかって良い日でないと教わりました(笑)。ガスが出た日は、花とか草木を取るように教わりました。
それでも一応撮影終わり、夜の楽しみの「バーベキュー」でそれぞれ自慢の腕を肴に話は深夜まで?私の自己紹介も、そこそこに、話は尽きませんでしたが、皆さん名前の通り、良いカメラを愛用していました。今度カメラ購入するときはには、皆に聞いてから購入するように、勧められました。レンズが余っている方がいるので??(感謝)
写真は取り合えず、デジカメの夕日です。

翌日は、朝食を済ませ、三〇分程度浜辺で子どもをモデルにして、写真を撮りましたが、波がきたら、泣き出し、子どもの写真は難しいといいながら、お母さんの手伝いで二・三枚撮って、次の場所に移動した。
ここは、名瀬市の有名な「大浜海浜公園」です。車を止めて、それぞれが、カメラを手に海辺に歩きだした。私もそれなりに、先輩の真似事で、何枚か撮りました。撮影終わり午前十一時過ぎに自宅帰り着きました。・・写真は波と戯れる子ども達です。
午後五時に会長の「写真屋」前を今回六名の会員参加!車三台に分乗いたし、目的地まで行く、市内から二十分位です。早速目的地に着きますと、それぞれが、自分のポストでビーチの夕日撮影の準備に掛る。
私も三脚を出しカメラを取り付けたところで、望遠レンズを忘れた事に気が付き後の祭りでした。でも昨日は「ガス」発生いたし、良い夕日はとれないと、言っていました。
ガスってなんですか?と聞きましたら、「霧」がかかって良い日でないと教わりました(笑)。ガスが出た日は、花とか草木を取るように教わりました。
それでも一応撮影終わり、夜の楽しみの「バーベキュー」でそれぞれ自慢の腕を肴に話は深夜まで?私の自己紹介も、そこそこに、話は尽きませんでしたが、皆さん名前の通り、良いカメラを愛用していました。今度カメラ購入するときはには、皆に聞いてから購入するように、勧められました。レンズが余っている方がいるので??(感謝)
写真は取り合えず、デジカメの夕日です。
翌日は、朝食を済ませ、三〇分程度浜辺で子どもをモデルにして、写真を撮りましたが、波がきたら、泣き出し、子どもの写真は難しいといいながら、お母さんの手伝いで二・三枚撮って、次の場所に移動した。
ここは、名瀬市の有名な「大浜海浜公園」です。車を止めて、それぞれが、カメラを手に海辺に歩きだした。私もそれなりに、先輩の真似事で、何枚か撮りました。撮影終わり午前十一時過ぎに自宅帰り着きました。・・写真は波と戯れる子ども達です。
2005年07月08日
副園長に期待!
入所者&職員待望の副園長に期待!
未だお顔は、拝見していないが?今回の副園長の役割は「将来構想&プライマリーケアー初期医療・一次医療」、ターミナルケアー「終末医療」の役割とは何か?
では、初期医療・一次医療の役割とは、言葉をそのまま理解すると、入所者の一次医療をいたし、後は、外部委託治療に託す役割である。
現在の医療は細分化され、それぞれの専門分野に分かれているが!入所者は高齢である。本来は自園で、病を治したいのが、本音ではないだろうか?
園に来て一週間も顔を出さない理由は、出来たら園内放送等で、入所者が安心できる放送があってしかるべきでは? 待望の内科医で年齢も50歳前と聞くが、医師として、一番輝いているときではないでしようか?またこれからの副園長の働きに期待致しているのは、入所者全員の願いでは、ないでしようか???・・
未だお顔は、拝見していないが?今回の副園長の役割は「将来構想&プライマリーケアー初期医療・一次医療」、ターミナルケアー「終末医療」の役割とは何か?
では、初期医療・一次医療の役割とは、言葉をそのまま理解すると、入所者の一次医療をいたし、後は、外部委託治療に託す役割である。
現在の医療は細分化され、それぞれの専門分野に分かれているが!入所者は高齢である。本来は自園で、病を治したいのが、本音ではないだろうか?
園に来て一週間も顔を出さない理由は、出来たら園内放送等で、入所者が安心できる放送があってしかるべきでは? 待望の内科医で年齢も50歳前と聞くが、医師として、一番輝いているときではないでしようか?またこれからの副園長の働きに期待致しているのは、入所者全員の願いでは、ないでしようか???・・
映画「あつい壁」上映実行委員会
映画『あつい壁」上映実行委員から、近況報告!
本日まで、実行委員は、精力的に行動いたし、約45箇所近くに後援・協賛をお願いする。本日の目玉である「奄美大島」にただひとつの、学校法人日章学園「奄美看護福祉専門学校」に行く。看護師他、専門の福祉学科も備え、鹿児島・宮崎市に多くの専門学校を持っている。本日は、朝一番で連絡を取り、市内から車で20分位の名瀬市小湊外金クに開講いたし、10年と伺う?本日は教頭先生「近藤和彦」氏が、対応する。先ず事務局長からの説明後に森田から、いつもお世話になっていますと、挨拶する。
奄美看護福祉専門学校の生徒「未来の看護師」が、毎年大型バス一台で、看護実習にくるので、挨拶いたしました次第です。近藤先生も和光園には、いつもお世話になっているので、出来る限りの協力をする約束いたし。
私から若い元気な生徒さんのボランティアの支援を頂けたら、助かりますがと、近藤先生に依頼しましたら、多分喜んで生徒さんはやるでしょうと、良い返事を頂きました。
私ども元気な生徒さんに、また「ハンセン病」の「差別と偏見を正しく」伝える責務を負わされた。「奄美看護福祉専門学校」に<感謝>!!
今後も優秀な生徒さんを一人でも多く、社会に送って下さいと伝えたい!!
本日まで、実行委員は、精力的に行動いたし、約45箇所近くに後援・協賛をお願いする。本日の目玉である「奄美大島」にただひとつの、学校法人日章学園「奄美看護福祉専門学校」に行く。看護師他、専門の福祉学科も備え、鹿児島・宮崎市に多くの専門学校を持っている。本日は、朝一番で連絡を取り、市内から車で20分位の名瀬市小湊外金クに開講いたし、10年と伺う?本日は教頭先生「近藤和彦」氏が、対応する。先ず事務局長からの説明後に森田から、いつもお世話になっていますと、挨拶する。
奄美看護福祉専門学校の生徒「未来の看護師」が、毎年大型バス一台で、看護実習にくるので、挨拶いたしました次第です。近藤先生も和光園には、いつもお世話になっているので、出来る限りの協力をする約束いたし。
私から若い元気な生徒さんのボランティアの支援を頂けたら、助かりますがと、近藤先生に依頼しましたら、多分喜んで生徒さんはやるでしょうと、良い返事を頂きました。
私ども元気な生徒さんに、また「ハンセン病」の「差別と偏見を正しく」伝える責務を負わされた。「奄美看護福祉専門学校」に<感謝>!!
今後も優秀な生徒さんを一人でも多く、社会に送って下さいと伝えたい!!
2005年07月06日
WELCOME副園長!
待望の副園長「内科医」就任する!
これまで、何回か、この掲示板で紹介いたした、副園長「揚松龍治」先生が四日から、就任する。しかしながら、未だ姿は見たことない。多分就任の挨拶等でこの一週間位は多忙でしよう!これから「内科医」として、十二分に活躍してくれるものとして、入所者は期待している。反面バリバリのキャリアの持ち主である。その辺を含め園の「将来構想」は、園長・副園長のこの三年の働きで、園の将来構想は決まるでしょう!
また現時の名瀬市の病院等も、閉める医院もあるが?ベットの定床は、大島郡民他市民のニーズに間に合っていると、思われる。現在の名瀬市のベット定床は、全体で18の病院等で1664床である。そのなから、和光園の定床168+2=170床を引くと、1494床が市内にて、医療義務を行っている。2床の「弓削クリニック」が、休止になっている。小生も弓削先生から、データ等も頂いた推移もあるが、体調を崩され、現在クリニックは、閉じたままである。しかしながら、残りベット数1494床が現在稼動いたしている。ある筋の話では、市では、これで医療機関は十分間に合っているとの声も聞こえたりするが?未だ正式には、医師会から、何も出でないと思います。
しかしながら、和光園のベット数168床は、予防法の為に「ハンセン病者」しか、入所できない仕組みなっている。現在園では「皮膚科」診療のみを午後の時間帯の中で、月曜日〜金曜日まで行っている。平成18年2月1日に保険医療機関(外来)の指定を受け今日に至っている。
しかし今後入所者数66名に対し職員120名余りの数では、アンバランスである。元園長の瀧澤英夫先生は、100人の職員には大体100床から149床の病院規模になると説明!では現在168床ある施設だが、入所者数66名が、毎年自然減で4名ないし、5名と試算すると、いつまで、職員が安心して、仕事が出来るかは、今回副園長で就任いたしました「揚松龍治」先生と園長の前川先生二人の、働きによる!
ですから、入所者も勿論ですが、職員一人ひとりが、現在置かれている立場を真摯に受け止め、日々の入所者の「看護・介護」に全力投球で頑張ってもらいたい!
最後にこの100名の職員が働けるには、法の見直しは勿論ですが、入院の保険医療機関の指定など今後越えなければならない問題は山積している。地元医師会をはじめ各方面の協力等を受け、今後真剣に協議しなければならないが、入所者は「終生在園保障」を担保にしているが?本当に国は認めるかは、疑問不である。
現在中央にて「奄美和光園」の「将来構想」問題等が作業部会他「統一交渉団」対「厚生労働省」間で協議が進められているが、入所者は、対岸の火事とも行かなくても!平穏無事で日々の生活を営んでいる。
何故か?歳のせいか!それとも、自分経ちが、いなくなってからの事は、カラスの勝手でしょうか??・・では次は「副園長を紹介&写真」???
これまで、何回か、この掲示板で紹介いたした、副園長「揚松龍治」先生が四日から、就任する。しかしながら、未だ姿は見たことない。多分就任の挨拶等でこの一週間位は多忙でしよう!これから「内科医」として、十二分に活躍してくれるものとして、入所者は期待している。反面バリバリのキャリアの持ち主である。その辺を含め園の「将来構想」は、園長・副園長のこの三年の働きで、園の将来構想は決まるでしょう!
また現時の名瀬市の病院等も、閉める医院もあるが?ベットの定床は、大島郡民他市民のニーズに間に合っていると、思われる。現在の名瀬市のベット定床は、全体で18の病院等で1664床である。そのなから、和光園の定床168+2=170床を引くと、1494床が市内にて、医療義務を行っている。2床の「弓削クリニック」が、休止になっている。小生も弓削先生から、データ等も頂いた推移もあるが、体調を崩され、現在クリニックは、閉じたままである。しかしながら、残りベット数1494床が現在稼動いたしている。ある筋の話では、市では、これで医療機関は十分間に合っているとの声も聞こえたりするが?未だ正式には、医師会から、何も出でないと思います。
しかしながら、和光園のベット数168床は、予防法の為に「ハンセン病者」しか、入所できない仕組みなっている。現在園では「皮膚科」診療のみを午後の時間帯の中で、月曜日〜金曜日まで行っている。平成18年2月1日に保険医療機関(外来)の指定を受け今日に至っている。
しかし今後入所者数66名に対し職員120名余りの数では、アンバランスである。元園長の瀧澤英夫先生は、100人の職員には大体100床から149床の病院規模になると説明!では現在168床ある施設だが、入所者数66名が、毎年自然減で4名ないし、5名と試算すると、いつまで、職員が安心して、仕事が出来るかは、今回副園長で就任いたしました「揚松龍治」先生と園長の前川先生二人の、働きによる!
ですから、入所者も勿論ですが、職員一人ひとりが、現在置かれている立場を真摯に受け止め、日々の入所者の「看護・介護」に全力投球で頑張ってもらいたい!
最後にこの100名の職員が働けるには、法の見直しは勿論ですが、入院の保険医療機関の指定など今後越えなければならない問題は山積している。地元医師会をはじめ各方面の協力等を受け、今後真剣に協議しなければならないが、入所者は「終生在園保障」を担保にしているが?本当に国は認めるかは、疑問不である。
現在中央にて「奄美和光園」の「将来構想」問題等が作業部会他「統一交渉団」対「厚生労働省」間で協議が進められているが、入所者は、対岸の火事とも行かなくても!平穏無事で日々の生活を営んでいる。
何故か?歳のせいか!それとも、自分経ちが、いなくなってからの事は、カラスの勝手でしょうか??・・では次は「副園長を紹介&写真」???
2005年07月05日
映画「あつい壁」上映実行委員会
映画「あつい壁」上映実行委員会
昨日実行委員会四名が、名瀬市他教育委員会・法務省人権擁護局他関係機関に映画上映変更の連絡とPRのため、地元新聞社に、映画の説明に行く!
ハンセン病映画「あつい壁」 奄美上映は10月に変更!!地元新聞(南海日日新聞)が伝える。
ハンセンへ病の偏見と差別を告発する映画「あつい壁」(一九六九年製作、中山節夫監督)の名瀬市で上映準備を進めている奄美上映実行委員会はこのほど会合を開き、当初七月に予定していた上映日を十月十五日に変更することを決めた。
「あつい壁」の奄美上映は三十一年ぶりとなる。名瀬市中央公民館ホールで午後二時と四時からの二回上映を予定。また、会場でハンセン病に関する資料パネル展を計画している。四月に準備委会を立ち上げ、これまでに六回の会合を開いた。実行委メンバーは「大分県の別府市では市が中心となって七月二日に上映会を開いたほか、パネル展、シンポジウム、コンサートなどを開催して盛り上げている。奄美での上映会も盛り上がるように取り組んでいきたい」と話した。
問い合わせは事務局の福田恵信さん、電話52・1827・森田隆二さん電話52・6311(奄美和光園)へ。
2005年07月03日
副園長診療しない!
七月一日付けで、「副園長採用」。入園者待望の医師「内科医」だが、期待と反面?
診療はしない??嘘だろう?待ちまった医師定員だ!診療しないで、何をするのだろう!
ある噂では、園に「将来構想」問題の纏めに来るそうだが?七月の外来の医師勤務表で解るはずだ!最低「内科医」でしたら、エコー診断・他大体の「医療機器」は、使いこなされると、考えるべきである。もし診療しないとなると、どのようなアクションを入所者は??何もおそらく出来ないでしょう!出来ないのであれば、何処に支援を求めるか?例えば、弁護士?私は、HPで発信し、全国の仲間にネットで聞いてみるが?先ずは副園長に診察をして頂き、次回から、内科医の診察を出来るだけ、受診することにしたい!
医師の良心は、最低限持ち合わせているだろう!まさか?ペーパー医師では????・・
診療はしない??嘘だろう?待ちまった医師定員だ!診療しないで、何をするのだろう!
ある噂では、園に「将来構想」問題の纏めに来るそうだが?七月の外来の医師勤務表で解るはずだ!最低「内科医」でしたら、エコー診断・他大体の「医療機器」は、使いこなされると、考えるべきである。もし診療しないとなると、どのようなアクションを入所者は??何もおそらく出来ないでしょう!出来ないのであれば、何処に支援を求めるか?例えば、弁護士?私は、HPで発信し、全国の仲間にネットで聞いてみるが?先ずは副園長に診察をして頂き、次回から、内科医の診察を出来るだけ、受診することにしたい!
医師の良心は、最低限持ち合わせているだろう!まさか?ペーパー医師では????・・
2005年07月01日
物言う弱者!
昨日の一連の施設回答について!
本日サブリダーA事務長とあって「プロセス」を聞くために4時過ぎに、施設に行ったが、事務長の姿が見えず。福祉職員が、事務本館まで来て、事務長が見つからないので、今回は、私に命じて、許して貰いたい旨を話す。
問題の趣旨が違うと話したが?福祉職員の熱心な仕事に、同情いたし、事務本館を後にする。では、プロセスは、どうなるのと?
これまで、「物言う」弱者は袋だたきいたし、もの言わない入所者には「アメ」をやるスタイルは、いったい何だ!イラクの人質事件の被害者家族が政府非案の声を上げた時に吹き荒れた「自己責任論」によるバッシングと同じではないか?この問題と似た、バッシング等が自然に行なわれ、「社会的強者」である政府や大企業などになく、なぜか立場の弱い人たちに向けられる現象が目立っている。
例えば熊本の「ホテル宿泊拒否事件等は、「かわいそうな弱者」がじっと耐えている間は、大衆は涙を流して、同情してくれる。だが,ひとたび弱者が声を上げ、政府や加害企業などに、異議を唱え始めると、一転して「権利ばかり主張する」とか「感謝が足りない」と言った激しい非難をぶつけてくる。
そのような「公務員の姿勢」では、民主主義に「不可欠」な建設的議論や問題解決にはつながらない!
今後ハンセン病療養所に、このようなリーダーが今後も付くとすれば、「九十年の隔離政策」に後戻りの危険性も十分考えられる今日ではないでしょうか?
また新たに現代のファシズムの登場に道を開く恐れがある!!・・今後は、早く民営化にしてくれと、声を大にして伝えたい。いずれは民営化なるのなら????・・
本日サブリダーA事務長とあって「プロセス」を聞くために4時過ぎに、施設に行ったが、事務長の姿が見えず。福祉職員が、事務本館まで来て、事務長が見つからないので、今回は、私に命じて、許して貰いたい旨を話す。
問題の趣旨が違うと話したが?福祉職員の熱心な仕事に、同情いたし、事務本館を後にする。では、プロセスは、どうなるのと?
これまで、「物言う」弱者は袋だたきいたし、もの言わない入所者には「アメ」をやるスタイルは、いったい何だ!イラクの人質事件の被害者家族が政府非案の声を上げた時に吹き荒れた「自己責任論」によるバッシングと同じではないか?この問題と似た、バッシング等が自然に行なわれ、「社会的強者」である政府や大企業などになく、なぜか立場の弱い人たちに向けられる現象が目立っている。
例えば熊本の「ホテル宿泊拒否事件等は、「かわいそうな弱者」がじっと耐えている間は、大衆は涙を流して、同情してくれる。だが,ひとたび弱者が声を上げ、政府や加害企業などに、異議を唱え始めると、一転して「権利ばかり主張する」とか「感謝が足りない」と言った激しい非難をぶつけてくる。
そのような「公務員の姿勢」では、民主主義に「不可欠」な建設的議論や問題解決にはつながらない!
今後ハンセン病療養所に、このようなリーダーが今後も付くとすれば、「九十年の隔離政策」に後戻りの危険性も十分考えられる今日ではないでしょうか?
また新たに現代のファシズムの登場に道を開く恐れがある!!・・今後は、早く民営化にしてくれと、声を大にして伝えたい。いずれは民営化なるのなら????・・
郡山 総一朗氏 来園!
本日午後一時から、郡山総一郎氏が来園する!
目的は、これまで、海外に殆ど目を向けていた!今後は日本の「ハンセン病の差別と人権」について、勉強したい事で、過日知人の医師から、紹介され、本日午後4時まで、園内を見学した。はじめに外来にて!園長と挨拶いたし、小生が、各職場を案内し、最後は自治会事務所にてM氏の話を聞く!今回施設幹部は彼を警戒した。
それとも案内人が悪かったのかなーで職員が説明を拒む場もあった。今回は彼の例の悪い「言葉が」先行し、施設は??でも反面紳士的に説明を頂きました「職員」には、感謝いたします。
私としては、昨日から、幹部に言ってあるのが?誤解が、生じたのかなーと?今度はゆっくり「宿泊」し、入所者と交流をする。約束いたし、午後四時過ぎに帰途についた。
写真は過日講演会時の挨拶です!
目的は、これまで、海外に殆ど目を向けていた!今後は日本の「ハンセン病の差別と人権」について、勉強したい事で、過日知人の医師から、紹介され、本日午後4時まで、園内を見学した。はじめに外来にて!園長と挨拶いたし、小生が、各職場を案内し、最後は自治会事務所にてM氏の話を聞く!今回施設幹部は彼を警戒した。
それとも案内人が悪かったのかなーで職員が説明を拒む場もあった。今回は彼の例の悪い「言葉が」先行し、施設は??でも反面紳士的に説明を頂きました「職員」には、感謝いたします。
私としては、昨日から、幹部に言ってあるのが?誤解が、生じたのかなーと?今度はゆっくり「宿泊」し、入所者と交流をする。約束いたし、午後四時過ぎに帰途についた。
写真は過日講演会時の挨拶です!
2005年06月30日
将来構想問題!動く!
本日の「幹部会議」後の前川園長との話し合いは、やはり役者だった!
施設幹部会議「事務長案」を、幹部で承認いたし、私に絶対に文章回答はしないと言う事が決まったみたいだ!
何故そこまで、スクラムを組む程の問題でないが?施設当局は、しっかり新しい芽は、摘む事で「合意」、今後は「和光園と共に歩む会」で、しっかりと、議論の余地が確認できた。
そこで某医師が「和光園」は立ち枯れになるのではと、「本省」の会議でされたとも聞きく?今回の副園長は「本省」から、直・直の役員である。医師ではあるが?バリバリの役員でもある?見極めるのは?全医労組合の仕事ではないだろうか?近いうち「共に歩む会」と、しっかり協議いたし、スクラム組む体制に?
最近の施設の言動を見て何も感じないのか??・・私は、動き出したと見ている。今後はしっかりと「眼」で見て行きたい。
施設幹部会議「事務長案」を、幹部で承認いたし、私に絶対に文章回答はしないと言う事が決まったみたいだ!
何故そこまで、スクラムを組む程の問題でないが?施設当局は、しっかり新しい芽は、摘む事で「合意」、今後は「和光園と共に歩む会」で、しっかりと、議論の余地が確認できた。
そこで某医師が「和光園」は立ち枯れになるのではと、「本省」の会議でされたとも聞きく?今回の副園長は「本省」から、直・直の役員である。医師ではあるが?バリバリの役員でもある?見極めるのは?全医労組合の仕事ではないだろうか?近いうち「共に歩む会」と、しっかり協議いたし、スクラム組む体制に?
最近の施設の言動を見て何も感じないのか??・・私は、動き出したと見ている。今後はしっかりと「眼」で見て行きたい。
幹部会議回答!
本日午後五時一五分から、約一時間園長室に於いて回答を聞く!
過日私から施設当局に「要請書」を出し、今日の幹部会議決定で文章は出さない事を決定し、口頭で園長から説明を受ける。今回は自治会がないので一人で要請書を出しましたが、施設当局は職員の「職員分団表」で、それぞれの、職員が、解るはずであると言ってきました。完全に自治会他会員は施設に飲み込まれている。明日は事務長に会いこれまでの「プロセス」を聞き最後は、担当職員と話し合う事にする。ここまで職員が強く、ガッチリスクラムを組んでいるのが、はっきり致したが、全医労組合は未だ知らない?今後私なりHP発信しかないと、自覚した一日でした。
過日私から施設当局に「要請書」を出し、今日の幹部会議決定で文章は出さない事を決定し、口頭で園長から説明を受ける。今回は自治会がないので一人で要請書を出しましたが、施設当局は職員の「職員分団表」で、それぞれの、職員が、解るはずであると言ってきました。完全に自治会他会員は施設に飲み込まれている。明日は事務長に会いこれまでの「プロセス」を聞き最後は、担当職員と話し合う事にする。ここまで職員が強く、ガッチリスクラムを組んでいるのが、はっきり致したが、全医労組合は未だ知らない?今後私なりHP発信しかないと、自覚した一日でした。
2005年06月29日
郡山 総一朗氏 写真展・講演会開催!
昨日午後7時から、市内の「中央公民会館」に於いて!郡山総一朗氏の、写真展・講演会が行われた。会場には大勢の市民の姿があった。
小生も知人の医師から電話で、紹介したい人がいるので、7時までに「公民館」に来るように、電話を頂く!なんと相手は「郡山総一朗氏」であった。彼らが2004年4月にイラク取材中に拘束され9日後に解放された。あれ以来「自己責任」の言葉が、日本に広がった。郡山氏と会って、「自己責任」の言葉を出したら、苦笑いいたした。
今回は、彼が「フィリピン・タイ・カンボジア・イラク」等など取材いたし、現実に20分に一人が、地雷の被害を、受けていることなど、スライドを使って講演いたした。
取材を終えて日本に帰るたび、ギャップを思い知らされる。あたりまえのように学校へ通う子どもたち。店には、やはりあたりまえのように様々な娯楽や物があふれている。夜になり暗くなってもスイッチ一つで明るい電気がつく。蛇口をひねれば綺麗に澄んだ水が流れ落ちる。
反面郡山氏が取材した所は、戦争で親を失い今日も生きるために物乞いをしなければならない戦争弧児。難病を持って生まれ、いつ訪れるかもしれない「死」と向き合いながら生きている子。家族と自分の生活のために学校も行けず、毎日ゴミを拾って売りに行く子。
生まれた時から家もなく、学校にも行けない子。毎日のような空爆の恐怖とたたかっている子。占領軍に対して「石」を投げることで抵抗する子・・・
ブラウン管の中で何の罪もない人々が次々と亡くなっていく映像を見ながら、家族で夕食を食べる。その映像はまるで現実でない、「テレビの中だけのできこと」のように感じられる。だがそれは、この地球上で起こっているまぎれもない「現実」であり−「事実」なのだ。私たち一人ひとりが、同じ地球の住人として何ができるか、何をしなければならないのか、考えなければならないことではないか。未来は力をあわせて作っていかなければならないのだから。今この瞬間にも、紛争で命を失う人々、貧困に苦しむ子がいることを、知り、考えることは人間としての責任だと僕は思う!
そしてこの日本にも貧困はある。社会のゆがみがもとで病む人もいる。職場、学校、家族に狂気が宿っていることもある。家族で見るテレビも、家族で過ごす時間も、それが「当然」だと言い切れることができるだろうか。・・
今回の「郡山 総一郎氏」の講演を通して「教育問題・人権問題」の大切さを、改めて感じられた。また写真はぼくの「言葉」、レンズは「眼」だと感じます。
今後彼は「ハンセン病」問題も勉強したいと言われ、知人の医師も加わり記念写真を撮って、帰ってきました。
今後私たちに何ができるか?彼に問いたい!でも知ることも大切である!!
写真は彼が出した「未来って何ですか」の写真集販売とサイン会です。
小生も知人の医師から電話で、紹介したい人がいるので、7時までに「公民館」に来るように、電話を頂く!なんと相手は「郡山総一朗氏」であった。彼らが2004年4月にイラク取材中に拘束され9日後に解放された。あれ以来「自己責任」の言葉が、日本に広がった。郡山氏と会って、「自己責任」の言葉を出したら、苦笑いいたした。
今回は、彼が「フィリピン・タイ・カンボジア・イラク」等など取材いたし、現実に20分に一人が、地雷の被害を、受けていることなど、スライドを使って講演いたした。
取材を終えて日本に帰るたび、ギャップを思い知らされる。あたりまえのように学校へ通う子どもたち。店には、やはりあたりまえのように様々な娯楽や物があふれている。夜になり暗くなってもスイッチ一つで明るい電気がつく。蛇口をひねれば綺麗に澄んだ水が流れ落ちる。
反面郡山氏が取材した所は、戦争で親を失い今日も生きるために物乞いをしなければならない戦争弧児。難病を持って生まれ、いつ訪れるかもしれない「死」と向き合いながら生きている子。家族と自分の生活のために学校も行けず、毎日ゴミを拾って売りに行く子。
生まれた時から家もなく、学校にも行けない子。毎日のような空爆の恐怖とたたかっている子。占領軍に対して「石」を投げることで抵抗する子・・・
ブラウン管の中で何の罪もない人々が次々と亡くなっていく映像を見ながら、家族で夕食を食べる。その映像はまるで現実でない、「テレビの中だけのできこと」のように感じられる。だがそれは、この地球上で起こっているまぎれもない「現実」であり−「事実」なのだ。私たち一人ひとりが、同じ地球の住人として何ができるか、何をしなければならないのか、考えなければならないことではないか。未来は力をあわせて作っていかなければならないのだから。今この瞬間にも、紛争で命を失う人々、貧困に苦しむ子がいることを、知り、考えることは人間としての責任だと僕は思う!
そしてこの日本にも貧困はある。社会のゆがみがもとで病む人もいる。職場、学校、家族に狂気が宿っていることもある。家族で見るテレビも、家族で過ごす時間も、それが「当然」だと言い切れることができるだろうか。・・
今回の「郡山 総一郎氏」の講演を通して「教育問題・人権問題」の大切さを、改めて感じられた。また写真はぼくの「言葉」、レンズは「眼」だと感じます。
今後彼は「ハンセン病」問題も勉強したいと言われ、知人の医師も加わり記念写真を撮って、帰ってきました。
今後私たちに何ができるか?彼に問いたい!でも知ることも大切である!!
写真は彼が出した「未来って何ですか」の写真集販売とサイン会です。
2005年06月26日
奄美地区講壇交換
本日8時30分より「和光伝道所に於いて」奄美地区講壇交換がありました。
奄美地区教団は「奄美本島に・名瀬教会・瀬戸内教会」と、島外は「喜界教会・徳之島教会」と4箇所の教会で、それぞれプロテスタントで信仰の交わりを各教会において礼拝が守られている。
本日はゲストとして「瀬戸内教会の三和武夫牧師」が、「説教題・野の花をみよ」「マタイ6章25節〜34節」と短い箇所であったが、日ごろ信仰の浅い小生は、大きな糧を頂いた。説教で話されました中から少し触れてみたい。29節から・・「しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。
・・中略・・思い悩むな」・・・最後の34節では、だから、明日のことまで思い悩むな、明日のことは明日自らが思い悩む、その日の苦労はその日だけで十分である、と言う説教でした。
三和牧師は、脱サラで「神学校」卒が遅れたが、渋い味のある説教を頂きました。(感謝)
さて、現実に目を向けて見ると!現在一部のリダーによって、奄美和光園の「将来構想」問題が、国・県・市町村まで巻き込み、大きな波となっている。本日の説教ではないが、入所者に「思い悩むな」と、声を大にして伝えたい。最後に私は野の花でなく、道端の、雑草として強く生きたい!!・・一言・・最後にあくまでも、入所者の主権を大切にしてもらいたい。・・弱者にもそれなりの、人権はあると思う!!
2005年06月25日
ゲートボール大会延期!
園と(元自治会)の主催の「ハンセン病を正しくする週間」の今年の大会が「本日開催」される予定が、昨日までの雨と「グランドコンディション」が、悪い理由で延期になった。昨日の凄い雨を見ていたら、主催者側は気をもんだのであろう!昨日午後から早々に延期の放送が流れてた。福祉室は、「参加チーム」に延期の連絡等で、大変だった。大島本島外からも、来るそうです。「職員全員」が、バックアップ?
でも今日は最高のゲートボール日和である。朝から、久し振りに、「太陽」が顔だし、午後には、曇り天気で、雨は降らなかった。でも今回で何も?「ハンセン病を正しく理解する週間」の開催の名目は取れたのでは?それに、梅雨時にしなくても?8月に行ったら良いのでは?
明日・明後日は奄美地方の梅雨明け宣言も出るかもしれない?沖縄では、梅雨明けは、秒読み段階と、マスメディアは伝えている。まだまだ「菊のご紋」は、続くのかなー、最後の一人まで??それに園の三大行事は「ゲートボール大会・夏祭り・敬老会」等がある。他にいろいろと、入って来るが、「職員全員」の参加?この三大行事だけである。
でも今日は最高のゲートボール日和である。朝から、久し振りに、「太陽」が顔だし、午後には、曇り天気で、雨は降らなかった。でも今回で何も?「ハンセン病を正しく理解する週間」の開催の名目は取れたのでは?それに、梅雨時にしなくても?8月に行ったら良いのでは?
明日・明後日は奄美地方の梅雨明け宣言も出るかもしれない?沖縄では、梅雨明けは、秒読み段階と、マスメディアは伝えている。まだまだ「菊のご紋」は、続くのかなー、最後の一人まで??それに園の三大行事は「ゲートボール大会・夏祭り・敬老会」等がある。他にいろいろと、入って来るが、「職員全員」の参加?この三大行事だけである。
副園長履歴!
一昨日施設から「新副園長」の氏名が放送等で、紹介されました。
前任地「厚生労働省・医薬品医療機器総合機構・研究振興審議役」
熊本大学卒「専門分野・内科医」です。
氏名「揚松龍治」で49か50歳です。アゲマツリュウジです。私と同じ名です。名前覚えるのに、年寄りは時間が要るかも?私は口が悪いので、「はげまつ」と呼んでみようか?でも何か舌を噛むような所から来るのは?まー将来の園長であるが、現園長の「前川嘉洋先生」の後輩になる。何か、和光園の「青写真」はすでに稼動していると、取るべきか!現在の園長から「皮膚科」を習ったら、後は外科だけで済む!近くに、「和光整形外科」もあるし、心配はない!まー園として、喉から手の出る程求めていた「内科医」だ、未だ若いので、入所者はじめ、前川園長も、新副園長に期待するところが、大である。七月が楽しみなってきた。でも、前任地が少し気になるのは?私だけで??
前任地「厚生労働省・医薬品医療機器総合機構・研究振興審議役」
熊本大学卒「専門分野・内科医」です。
氏名「揚松龍治」で49か50歳です。アゲマツリュウジです。私と同じ名です。名前覚えるのに、年寄りは時間が要るかも?私は口が悪いので、「はげまつ」と呼んでみようか?でも何か舌を噛むような所から来るのは?まー将来の園長であるが、現園長の「前川嘉洋先生」の後輩になる。何か、和光園の「青写真」はすでに稼動していると、取るべきか!現在の園長から「皮膚科」を習ったら、後は外科だけで済む!近くに、「和光整形外科」もあるし、心配はない!まー園として、喉から手の出る程求めていた「内科医」だ、未だ若いので、入所者はじめ、前川園長も、新副園長に期待するところが、大である。七月が楽しみなってきた。でも、前任地が少し気になるのは?私だけで??
2005年06月23日
差別と偏見!!
今回ある小女の自殺から、差別と偏見を考えたい!
先ずは、A子さんが、居た地域は当時村を二分するほど大きな問題を、抱えていた。それは、宇検村の「枝手久島」への「石油備蓄基地建設・反対・賛成」と大きく揺れていた。問題はエスカレートし、「愚民会議」に発展し、当時のマスコミを賑わせていた。それに都会から若者が「久志集落」に来島いたし、生活共同体「無我利」道場をつくり、基地建設反対のために、生活共同体を始めた。では、学校の現場と教育関係は、どうであったか?考えたい。先ずは学校で人権教育はいかされていたのか?確か36名の小規模学校(小・中)での事件である。先生方は、A子さんが「いじめにあっている」シグナルをキャッチしていたのか?では「子どもの権利と同和教育」に関して少し触れてみたい。
同和教育は、日本の典型的な人権侵害である部落差別をなくす為に取り組まれてきた教育です。反差別の教育としての人権教育の担い手として、歴史的にも組織的にも中心的な存在でありつづけてきた同和教育も・・・しかし子どもの権利条約を貫いている子ども観と子どもの権利を保障するための条件をねばり強く追求することによって、同和教育はさまざまな人権教育と結んで大きく飛躍し、文字どおり日本の教育を貫く柱として確立していくに違いありません。
さて、同和教育は「差別の現実から深く学ぶ」ことを、なによりも大切にして進められてきました。そして差別に負けず、差別を許さない力をもった子どもに育てることをめざして営まれてきました。条約第二条のある「差別の禁止」は、同和教育の中心命題だといえるのです。子どもの人権を徹底して保障すること、自分の生活を語り社会的立場や生き方を明らかにすること、そして部落差別の不当性を仲間に訴えることは、まさに子どもの権利条約に流れている思想「子どもの最高の利益、権利の行使の主体としての意思表明など」と重なります。
では学校では、教育委員会から「文部行政」の取り組みは、どうであったか?考えさせられる。何故そこまでA子さんを「自殺」に追いこんだのか?「学校の閉鎖性・それを補完」するための管理主義にあるということである。それが理由になるのか?
例として「ハンセン病」の差別を一例紹介します。1922年3月25・26日に大分県別府市で起こっています。皇族の九州旅行に際し、「日豊線を通る殿下の御目が汚れる」という理由で、*サンカと呼ばれた被差別民の家々(ハンセン病者も含まれていた)を一方的に警察が焼き払ったのです。これを救済しようとした浄土真宗僧侶・篠崎蓮乗が、最終的に犯罪に追い込まれ自殺にいたる、という悲惨な事件でした。この二つの事件を考えるときに、何故そこまで、追いつめられたたか?考える余地は?社会教育における人権教育の現状を、私たちが、十分にとらえ返しながら、各地で取り組んでいく必要が、あるのではないのでしょうか?
話は変わりますが!奄美和光園の「和光塾」を紹介します。
今年四月十七日「ハンセン病への理解」を!「和光塾」が開講し、年二回の収穫祭を行うと、マスコミで大々的に宣伝し、全国的に名が知れた!その収穫祭が七月九日園内で行われる。
マスコミは何故正しいニュースを伝えないか?いかに園全体が取り組んでいるかのように宣伝している。「交流は全国的にも珍しい試みとして、昨年から始まった。農作業が縁で、入所者の家にもお茶に呼ばれたり野菜をもらったりする親子もいると言う。同塾の同市教育課のM生涯学習課長は「偏見・・・本当の交流が生まれつつある」と話している。「開講式」では!!
では「収穫祭」の「バーベキュー」のプログラムを読んでおどろいた。関係者総数八二名「園内は入所者&職員数二〇名になっている」?何故だ、入所者数六十六名の園に六十二名の関係者が来るのは??またいつものM課長のパフォーマンスか?入所者に垣根はいらないのでは?全ての入所者に声を掛けるる必要はなかったのか?では「生涯学習」とは、いったい、何を学ぶか問いたい。
「生涯学習としての人権学習」に触れてみたい。人権教育のための国連10年」にも明らかにされていますが、人権教育は、実は生涯学習であります。私たちもそれに基づいて、積極的に生涯学習としての人権教育という立場で推進していく必要がると考えています。国連およびユネスコは、教育を基本的な人権としてとらえています。この生涯教育政策も、人権保障の理念と深く結びついて展開されています。
ユネスコの「人権教育とは、一人ひとりが人と人、人と自然との関係者を育て、自分を発展し、文化を創造する主体的行為を亭受する営みであって、外から結論を強制されるべきものではない」という指摘があります。そういう立場で、人権教育を生涯教育と位置付け手取り組んでいく原理を考えます。
「自分さがし」というのは「自己のアィデンティティ」自分が自分であるということを確立することを、人としての尊厳と権利を自覚して、権利と自由についてのさまざまな知識を吸収し、他の人々の経験と豊かな交流をしていく、そしてかえがえのない自分に即した人権認識とその展開や修正が不可欠なものと考えられています。つまり、自分を確立することと人権学習はぴったり結びついていると言う立場ではないでしようか?
今回「教育委員会生涯学習課」はプログラムを園に押し付けている。それでは真の交流の和?構築されないと思うのは、小生だけでしようか?・・・
先ずは、A子さんが、居た地域は当時村を二分するほど大きな問題を、抱えていた。それは、宇検村の「枝手久島」への「石油備蓄基地建設・反対・賛成」と大きく揺れていた。問題はエスカレートし、「愚民会議」に発展し、当時のマスコミを賑わせていた。それに都会から若者が「久志集落」に来島いたし、生活共同体「無我利」道場をつくり、基地建設反対のために、生活共同体を始めた。では、学校の現場と教育関係は、どうであったか?考えたい。先ずは学校で人権教育はいかされていたのか?確か36名の小規模学校(小・中)での事件である。先生方は、A子さんが「いじめにあっている」シグナルをキャッチしていたのか?では「子どもの権利と同和教育」に関して少し触れてみたい。
同和教育は、日本の典型的な人権侵害である部落差別をなくす為に取り組まれてきた教育です。反差別の教育としての人権教育の担い手として、歴史的にも組織的にも中心的な存在でありつづけてきた同和教育も・・・しかし子どもの権利条約を貫いている子ども観と子どもの権利を保障するための条件をねばり強く追求することによって、同和教育はさまざまな人権教育と結んで大きく飛躍し、文字どおり日本の教育を貫く柱として確立していくに違いありません。
さて、同和教育は「差別の現実から深く学ぶ」ことを、なによりも大切にして進められてきました。そして差別に負けず、差別を許さない力をもった子どもに育てることをめざして営まれてきました。条約第二条のある「差別の禁止」は、同和教育の中心命題だといえるのです。子どもの人権を徹底して保障すること、自分の生活を語り社会的立場や生き方を明らかにすること、そして部落差別の不当性を仲間に訴えることは、まさに子どもの権利条約に流れている思想「子どもの最高の利益、権利の行使の主体としての意思表明など」と重なります。
では学校では、教育委員会から「文部行政」の取り組みは、どうであったか?考えさせられる。何故そこまでA子さんを「自殺」に追いこんだのか?「学校の閉鎖性・それを補完」するための管理主義にあるということである。それが理由になるのか?
例として「ハンセン病」の差別を一例紹介します。1922年3月25・26日に大分県別府市で起こっています。皇族の九州旅行に際し、「日豊線を通る殿下の御目が汚れる」という理由で、*サンカと呼ばれた被差別民の家々(ハンセン病者も含まれていた)を一方的に警察が焼き払ったのです。これを救済しようとした浄土真宗僧侶・篠崎蓮乗が、最終的に犯罪に追い込まれ自殺にいたる、という悲惨な事件でした。この二つの事件を考えるときに、何故そこまで、追いつめられたたか?考える余地は?社会教育における人権教育の現状を、私たちが、十分にとらえ返しながら、各地で取り組んでいく必要が、あるのではないのでしょうか?
話は変わりますが!奄美和光園の「和光塾」を紹介します。
今年四月十七日「ハンセン病への理解」を!「和光塾」が開講し、年二回の収穫祭を行うと、マスコミで大々的に宣伝し、全国的に名が知れた!その収穫祭が七月九日園内で行われる。
マスコミは何故正しいニュースを伝えないか?いかに園全体が取り組んでいるかのように宣伝している。「交流は全国的にも珍しい試みとして、昨年から始まった。農作業が縁で、入所者の家にもお茶に呼ばれたり野菜をもらったりする親子もいると言う。同塾の同市教育課のM生涯学習課長は「偏見・・・本当の交流が生まれつつある」と話している。「開講式」では!!
では「収穫祭」の「バーベキュー」のプログラムを読んでおどろいた。関係者総数八二名「園内は入所者&職員数二〇名になっている」?何故だ、入所者数六十六名の園に六十二名の関係者が来るのは??またいつものM課長のパフォーマンスか?入所者に垣根はいらないのでは?全ての入所者に声を掛けるる必要はなかったのか?では「生涯学習」とは、いったい、何を学ぶか問いたい。
「生涯学習としての人権学習」に触れてみたい。人権教育のための国連10年」にも明らかにされていますが、人権教育は、実は生涯学習であります。私たちもそれに基づいて、積極的に生涯学習としての人権教育という立場で推進していく必要がると考えています。国連およびユネスコは、教育を基本的な人権としてとらえています。この生涯教育政策も、人権保障の理念と深く結びついて展開されています。
ユネスコの「人権教育とは、一人ひとりが人と人、人と自然との関係者を育て、自分を発展し、文化を創造する主体的行為を亭受する営みであって、外から結論を強制されるべきものではない」という指摘があります。そういう立場で、人権教育を生涯教育と位置付け手取り組んでいく原理を考えます。
「自分さがし」というのは「自己のアィデンティティ」自分が自分であるということを確立することを、人としての尊厳と権利を自覚して、権利と自由についてのさまざまな知識を吸収し、他の人々の経験と豊かな交流をしていく、そしてかえがえのない自分に即した人権認識とその展開や修正が不可欠なものと考えられています。つまり、自分を確立することと人権学習はぴったり結びついていると言う立場ではないでしようか?
今回「教育委員会生涯学習課」はプログラムを園に押し付けている。それでは真の交流の和?構築されないと思うのは、小生だけでしようか?・・・
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*サンカは、「サンカの移住と類似名称」山家・山高・山稼・散家ともいう。山野・山間や水辺の生活の場を持ち、漂白する非農耕民。岩の窪みに住むことから山嵩ともかかれるが、村里近くの河原、雑木林に住み、定住せず、バラバラにいるので散家とも言う・・
2005年06月20日
差別と偏見!!
ハンセン病の差別は、近代の世も続いているが?
明日は「奄美和光園」内の「和光塾」の「収穫祭」を通して、差別と偏見「啓発活動」は、如何にあるか、考えてみたい。
明日は「奄美和光園」内の「和光塾」の「収穫祭」を通して、差別と偏見「啓発活動」は、如何にあるか、考えてみたい。
教育委員会!
今回「奄美同教」結成25周年記念誌をいただき、目を通してみた!
そこで、ある小女の自殺を紹介します。
「久志小5年生の自殺についての見解」
1988年9月6日、大島郡宇検村久志小学校5年生のA子さんが、「いじめないで」と書いた生活ノートを残して自殺した。
動物をかわいがり、弟思いであったというこの小女が、幼い生命を自ら絶つに至るまで、どのように悩み苦しんだであろう。
この事件に対して学校当局は、一人の子どもが生命をかけて突きつけた教育問題を捉え切れず、マスコミには「いじめはなかった。学校と死因は無関係。」と強調して、子どもの命の問題より学校の保身を優先させた。
ここで明らかにしたいのは、「いじめ」の原因が、能力主義を根底においた教育と規則、外部からの批判をおそれ受けつけようとしない学校の閉塞性、それを補完するための管理主義にあるということである。
子どもたちは、このような学校に同調することを強いられる。そのはけ口を、成績の悪い子、被差別の立場に置かれた子、転校生などに向け、いじめることで不満の解消をはかろうとする。近世の被差別部落が、農民の自己満足と不満解消の手段と位置づけられたように、「いじめ」は差別と同一である。
A子さんは、湯湾からの転校生であった。A子さんは、生活共同体「無我利」の子どもと遊ぶため、偏見に満ちた「ヒッピー」という言葉を投げつけられ、「ヒッピーは国際梅毒だからA子にさわると梅毒になる。」「A子と遊ぶと友達がいなくなる。」「学校にくるな。湯湾に帰れ。」と言われていたという。また暴力を振った児童もおり、登下校も一緒にしてもらえなかった。フォークダンスの練習でも手をつながないなど、むごいシカト(無視)をされていたと言う証言もある(南海日日新聞)。子どもたちの追悼文にもいやがらせや「いじめ」の事実が寄せられている。
孤独に苦しむA子さんが、「無我利」の子ども達に近づいていったのは当然である。そこまで、「いじめ」が増幅されていったのである。児童・生徒数合わせて36人久志小・中学校。小さな村落であるだけに、A子さんは血を吐くような思いであったろう。
かってこの村は、石油企業の進出計画で大揺れに揺れた。やむなく進出が断念されたあとも、やさしさと潤いのある人間関係の絆を大切にする地域社会が、人間として人間が傷付け合う場に変じたのである。大人達のこういう社会が、子どもたちの人間関係を歪めぬはずがない。
そこで、ある小女の自殺を紹介します。
1989年2月8日
「久志小5年生の自殺についての見解」
1988年9月6日、大島郡宇検村久志小学校5年生のA子さんが、「いじめないで」と書いた生活ノートを残して自殺した。
動物をかわいがり、弟思いであったというこの小女が、幼い生命を自ら絶つに至るまで、どのように悩み苦しんだであろう。
この事件に対して学校当局は、一人の子どもが生命をかけて突きつけた教育問題を捉え切れず、マスコミには「いじめはなかった。学校と死因は無関係。」と強調して、子どもの命の問題より学校の保身を優先させた。
ここで明らかにしたいのは、「いじめ」の原因が、能力主義を根底においた教育と規則、外部からの批判をおそれ受けつけようとしない学校の閉塞性、それを補完するための管理主義にあるということである。
子どもたちは、このような学校に同調することを強いられる。そのはけ口を、成績の悪い子、被差別の立場に置かれた子、転校生などに向け、いじめることで不満の解消をはかろうとする。近世の被差別部落が、農民の自己満足と不満解消の手段と位置づけられたように、「いじめ」は差別と同一である。
A子さんは、湯湾からの転校生であった。A子さんは、生活共同体「無我利」の子どもと遊ぶため、偏見に満ちた「ヒッピー」という言葉を投げつけられ、「ヒッピーは国際梅毒だからA子にさわると梅毒になる。」「A子と遊ぶと友達がいなくなる。」「学校にくるな。湯湾に帰れ。」と言われていたという。また暴力を振った児童もおり、登下校も一緒にしてもらえなかった。フォークダンスの練習でも手をつながないなど、むごいシカト(無視)をされていたと言う証言もある(南海日日新聞)。子どもたちの追悼文にもいやがらせや「いじめ」の事実が寄せられている。
孤独に苦しむA子さんが、「無我利」の子ども達に近づいていったのは当然である。そこまで、「いじめ」が増幅されていったのである。児童・生徒数合わせて36人久志小・中学校。小さな村落であるだけに、A子さんは血を吐くような思いであったろう。
かってこの村は、石油企業の進出計画で大揺れに揺れた。やむなく進出が断念されたあとも、やさしさと潤いのある人間関係の絆を大切にする地域社会が、人間として人間が傷付け合う場に変じたのである。大人達のこういう社会が、子どもたちの人間関係を歪めぬはずがない。
(鹿児島県同和教育研究協議会事務局)

