2005年11月26日

奄美和光園と共に歩む会総会開催!

活動再会、将来構想で提言へ

入所・退所者らと交流も
共に歩む会総会 005.jpg


「奄美和光園と共に歩む奄美の会」の総会が二十四日、名瀬市塩浜町の港湾福祉労動者センターであり、今後の活動方針など決めた。
同園の将来構想について、入所者や退所者と交流を深めながら関係機関に提言していくことを申し合わせた。

同会は、ハンセン病問題の全面解決を目指し二〇〇二年に発足した。会員は七八人。発足当初は活発な活動を行なってきたが、最近は停滞していた。しかし、今年十月、名瀬市での映画「あつい壁」上映と中山節夫監督の講演会を機に、再び動きだした。
 
総会には約十五人が出席。福田恵信代表が「結成当時に比べ活動が停滞していた。さまざまな立場から意見を出し合って次につなげていきたい」とあいさつ。活動報告や会計報告を承認、会の名称を「奄美和光園と共に歩む会」に変更、役員を選出した。
 
活動計画の柱は、同園の将来構想についての提言。名瀬市の将来構想検討委員会は国立長寿
検証センター(仮称)の併設を厚生労動省に要望している。同会は「全国の療養所が和光園の行方を注目している。将来構想を注目している。将来構想はここ二−三年が勝負」との認識で一致。今後、入所者や退所者らと交流を深め、将来構想検討委員会へ委員を出し、提言していくことを目指す。また、講演会や映画上映会、パネル展示を計画、会報も発行し地域住民を巻き込んだ活動を展開して行く。

参加者から「社会復帰した人たちが本当に社会復帰しているのか疑問だ。ハンセン病に対する差別と偏見は寝強い」「職員OBを招いて勉強会を開いてほしい」「終生在園保障の中身が不安だ」などの意見が出た。
役員は次の通り。(敬称略)
代表 福田恵信・副代表 薗博明・事務局長 赤塚興一・同次長 星村博文。

地元新聞(南海日日)が伝える。

ここで私見を少し述べさせていただきますと、小生は同会の発足から、参加いたしてきたが、
この間、共に歩む会の顔(活動等)が、見えないことを、会長に何度か提言いたしたが?園関係、職員・入所者・退所者の方々の出席が見られない。
約十五人の中の関係者を除くと、市民は三名ないし五名の出席である。今後市民運動拡大には
大きな力がいるだろう!
先ずは、その辺から、交流を早急に取り組むべきではないか?小生は同会の幹事を辞任いたし、今後退所者の方々と共にハンセン病問題に取り組みたい。
最後に「奄美和光園と共に歩む会」のますますの働きを祈念するものである。
posted by Moriyama Kazutaka at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2005年11月18日

社会復帰!

37年振りに、社会復帰!

昭和43年7月26日にハンセン病療養所入園いたし、37年ぶりに今月11月22日社会復帰する。
本日午後4時から、園長・副園長・福祉室長3名と協議する。
今後の社会での生活と医療の件で意見交換をする。話し会いは30分程度で終わる。
内容は双方で話し、納得する。
今後の治療等は、和光園&和光整形外科・大島県立病院とこれまでと変わらないが、今後は
保険診療で行なう事になるので、余り薬に頼る事はなるべくしないように心かげる事にする。
入所者の皆様には37年間ありがとうございました。
また職員の皆様には、いろいろとありましたが、ありがとう!今後園の将来構想等で大変ですが、良い方向になるように頑張って下さい。あくまでも主役は入所者であることを忘れずに?日々入所者のために仕事いたしてください。
たまに園に顔出しますので、宜しくお願い致します。
posted by Moriyama Kazutaka at 23:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2005年11月11日

平成一七年度慰霊祭

平成一七年度 
慰  霊  祭  式  次  第

一 開  催     (福祉職員)

一 慰霊のことば   (園  長)

一 黙  祷 

一 閉  祭
              (時間30分)

画像(恵老会) 225.jpg


昨日午後一時三十分から、平成一七年度の合同慰霊祭が式次第によりしめやかに講堂で行なわれた。
 先ず驚いたのは?マスコミ関係の方々が大勢来られていた。私の記憶では、多分裁判以来の出来事と記憶いたしていますが?昨年五月まで、東京(全療協本部)に二年五ヶ月いたので、その間の記憶はないが?驚いた。
何故かと申しますと、顔見知りの記者に園から記者クラブにFAX等が来ましたか?尋ねると、なんと市役所の広報課から、流れてきたと聞く!

 私はこれまで自治会長も何期かしましたが?これ程のマスコミを呼んだ記憶はない。ではいったい何故だろう?入所者の人権どころか、逆行しているのでは、とうとう市の方で和光園の慰霊祭を執り行うのか?これでは御霊は浮かばれないと思います。

 これまでの、約九十年の償いと取るべきか?素直に喜べないのが、心情である。
それに今回二社の新聞記事を記載いたしましたが?異なる典が出できましたので、補足いたします。先ずはN社の記事を読んでみると、入所者側と市の「和光園の将来構想問題」等で過日、愛知県の長寿検証センターの所長を招聘いたし、講演が行なわれた。結果は現在の国の行政改革の中で厳しいことが、説明された。
 さらに全療協本部の神美知宏事務局長は某新聞記者に「厚生労動省」は、全く和光園に長寿検証センターを、設置する事は考えていないことを、言明いたした。では今後の名瀬市の「和光園の将来構想問題」を提起するべきである。N社は?

 それに今回の慰霊祭の挨拶で、前川嘉洋園長は大胆に、園の将来構想問題について話された。内容は「医療と介護が可能な施設」が最小減必要という考えから、その設備計画に取り組み始めたと延べました。会場には、市の検討委員会の先生方はじめ、全医労組合(職員)入所者多数がいたが?園長の言葉の最低限を少し考えたい。
 意味は、それ以上低くしたり質を落としたりできない限度。「一の生活」「一これだけは守ってほしい」との意味ですが?
それでは、何処までのレベルかの検証も必要になるのでしょう。今回「和光園の将来構想検討委員会」の委員の先生方は?どの様に考えたのでしょうか?それに全医労に取っては、はっきり園の将来構想等を明言されましたが、どの様な対応するのでしょう!入所者に関しては、悲しいかなー高齢化の為に、そこまで考える方は少ないのでは?

私事ですが、園長は誰のための園長か?園長は誰のために尽力するのか?園のためになるのか、施設職員のためなのか?入所者のためなのか?園長は療養所の宿小計画を実行するためにいるのですか?それとも本省のためか?勿論本省の役人には違いないが??

 最後にこれまで国は、退所者に対しては、お金を支給する以外に医療の保障などの何の対策も立ててないままです。らい予防法が「ハンセン病罹患者」の医療を療養所の中でだけに限定したまま各園の園長は、それぞれ勝手に「退所」を認めてきた。
今後園長には、退所した人たちに対する責任もあるのではないですか?最後の入所者がいなくなっても、療養所長の責任は終わるわけではないです。

 ここでハンセン療養所の終末は最低限どころか!せめて最高レベルとは言わないが?最善のご尽力を致すこと位は、挨拶いたしていただきたいと、思うのは小生だけかなー
 今後施設の動向を考える時に入所者に不安を与えない施設「庇を貸して母屋を取られる」を
と言うか、終の棲家を皆で英知を結集いたし悔いのない施設造りに期待するものである。

写真は合同慰霊祭の模様ですが、入所者20名余りで残りが職員他です。何か寂しい気持ちと、これが現実かと?複雑な気持ちになりました。今後も出来る限り慰霊祭には出席致したい。
posted by Moriyama Kazutaka at 18:26| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記

平成一七年度慰霊祭行なわれる!

画像(恵老会) 228.jpg奄美和光園「合同慰霊祭」

344人のめい福祈る

前川園長「医療と介護可能な施設必要」




名瀬市の国立療養所・奄美和光園(前川嘉洋園長」の二〇〇五年度合同慰霊祭が十日、同園講堂であった。遺族をはじめ、入所者、職員など関係者約五十人が参列。全員で黙とうを捧げた後、霊前に献花し、昨年十一月四日以降」に亡くなった二人を含む,三百四十四人のめい福を祈った。
祭壇には一九四三年の開園以来、今月九日までに亡くなった三百四十四柱の御霊が祀られた。
 慰霊の言葉で前川園長は「三百四十四柱の御霊にふれ深い哀悼の意を表したい。現在ではハンセン病に対する啓もう、啓発活動が進み、和光園の垣根も取り払われてきている。今後の和光園の方針としては、入所者を最後まで看取れるためには、医療と介護が可能な施設が最小減必要という考えから、その設備計画に取り組み始めたと述べ、物骨者の起伏に富んだ人生をしのぶと共に、園の現状を報告した。
 続いて、参列者が一人ひとり祭壇に献花し、祈りを捧げた。続いて園内にある納骨堂でも、参列者が焼香し、先人のめい福を祈った。
 同園によると、十日現在、入園者数は六十四人。平均年齢は七十九・四歳で最高齢は九十八歳。平均在園年数は四十六・六年。

地元新聞「大島」が伝える。
posted by Moriyama Kazutaka at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

平成十七年度慰霊祭行なわれる!

344柱のみ霊を慰める

園存続への誓いも新たに

奄美和光園で合同慰霊祭
画像(恵老会) 226.jpg


ハンセン病の元患者が入所する名瀬市の国立療養所「奄美和光園」の合同慰霊祭が十日、園講堂でしめやかに行なわれた。
入所者や行政関係者、職員、遺族ら約六十人が参列。昨年十一月以降に亡くなった入所者二人を含む三百四十四柱のみ霊を慰め、入所者の高齢化に伴う園の将来構想立案の誓いも新たにした。同園は一九四三年に開設。現在、六十四人と十三の国立療養所の中で最も少なく、平均年齢も七十九歳と高い。
二〇〇一年のらい予防法違憲国家賠償訴訟熊本地裁判決確定に伴う国の終生在園保障と入所者の高齢化を受け、入所者側は関係機関団体と園を存続させる将来構想を協議中。
 慰霊祭で、前川嘉洋園長は「皆様は家族や友人と別れた苦しみや悲しみを乗り越えてこられた。現在啓もうが進んで垣根が取り払われ、市民と交流も盛んですが、これも皆様の生前の力添えは礎となった。入所者を最後まで看るためには医療と介護などができる体制が最低限必要。和光園の将来がより良き方向に進むよう見守ってください」などと述べた。
 県、名瀬市など関係団体の代表らに続き、参列者一人ひとりが献花して、み霊を慰めた。さらに納骨堂で手を合わせて安らかな眠りを祈った。
 入所者自治会は現在休会中。名瀬市が音頭を取っている将来構想検討委員会の委員で、前自治会会長の作田隆義さん(八四)は「今の和光園があるのはみ霊のおかげ。国は最後一人まで面倒を見ると約束している。園はお年寄りが老後を過ごす環境として素晴らしい。園の歴史を風化さぜず、地域住民と交流を深めるためにも園を国立の医療機関として残してほしい」と話していた。
 同検討委の意向を受け、同市と大島郡医師会などはは昨年国立医療機関としての存続に向けて国立長寿検証センター(仮称)を併設するという要望書を厚生労動省に提出している。


地元新聞「南海日日』が伝える。
posted by Moriyama Kazutaka at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2005年11月02日

人権啓発ものがたり!

未だ終わっていないハンセン病問題

2001年5月に熊本地裁で西日本訴訟第一陣の判決。原告勝利!
あれから4年の歳月が過ぎ去った。世間では、いろいろ面で問題解決と思っておられる方がほとんど思います。
しかし過ちは二度と犯してもらいたくないと思うのも一般常識であろう!

現在ハンセン病問題に国・県・市町村を含め啓発活動に力を入れているののには理解できるし感謝もいたしておりますが?
それでは、ハンセン病療養所の中の啓発活動に目を向けてみる。それぞれの各園に置いては、ハンセン病の基礎知識他園内案内のHPの作成他園毎のパンフレットを作成いたしている。
当奄美和光園においても、「ハンセン病を正しく理解していただき、開かれた和光園をめざして!のタイトルでパンフレットが作られてある。
そこで最近来客が増えたと聞く!
そこで「人権啓発」て、何だろうと考えてみた!
最近訳の解からない「個人情報」ができ、入所者との接点をいかにもつかである。施設側サイドでは、個々の入所者と話をするのに、特定の人の話が全てととるような錯覚がある。
では施設の広報は十分であるか?検証がいるのではないか?私ども「奄美和光園共に歩む会」は今のところ名前だけである。双方に広報は居る事でしょう!

それでは、戦後日本の民主化政策のひとつして取り組まれたものです。民主主義社会に向けて、行政が持っている情報を主権者である市民(入所者)に知らさせなければならないと言う考え方に基づいてつくられたもので、英語のパブりック・リレーションズ=Public 
relations(pr)の日本語です。
またあわせて啓発活動の一環で園内見学コースがあるのか?例えばパブリックスペース等を考えると、きりがない。では何処までが、バブリックスペースか?
園当局に聞いて観たいが?誰が決めるのか?上の命令だけでは済む問題ではない。

日本語で「広報」というと、文字の次元のイメージからどうしても「広く報ずること」と短各的にとらえてしまいがちです。パブリック・リレーションズと言う言葉は直訳すると「公衆関係」ですが、アメリカではこの活動の目的のひとつは「人びとの間に信頼関係をつくる」ことであり、そのためには「親しみのあるやりとり」が大切であルと考えられています。

しかしながら、双方でほんとに「信頼関係が構築できているか、考えて貰いたい!小生が見ている間では、上から有無も言わせないほどに、行政の締め付けばかりが目に付くが?
最後に「人の心は瀬戸物」でないことを認識して頂きたい!瀬戸物なら修復可能であるが、差別によって傷ついた人間の心と言うのは、一度ひびが入ったらなかなか元に戻らない事を提言いたし、続くとします。「真の啓発活動」とは何かを考えましょう!
posted by Moriyama Kazutaka at 23:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

映画あつい壁&パネル展のアンケートまとめ!

去る十月十五日の「映画あつい壁」&パネル展のまとめを乗せましたので、読まれて意見感想等がありましたら「掲示板」に書き込みお願いします。

なお映画のアンケートが1〜4が反対に貼り付けてありますので、読みずらいと思いますので
宜しくお願いします。
後日直しておきます。それにビデオ&DVDの無料貸し出しを「教育会館三階の星村」で連絡下さい。貸し出しいたしますので、広く人権活動等に使って下さい。


                              HP管理者より
posted by Moriyama Kazutaka at 13:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

パネル展アンケートまとめ!

パネル展を見ての感想や意見

@ らい予防法(1953年制定)を経過して,らい絶滅こそ国の策だと強制隔離療養所で規則に絶対服従させ,本名を奪い仮名を強制して死後の死体解剖を義務づけ,逃亡防止の服装を強制し,断種・強制堕胎を強要され,患者は長年にわたり人権を国家によって侵害され続けた。国家権力による患者の人権侵害は許すことはできない。
医療の進歩で治療で治癒する時代になっても人権侵害が続いたことに憤りを感ずる。らい予防法闘争を経て,2001年5月11日に「らい予防法」違憲国賠訴訟が全面勝利したことを喜ぶ。                      【60代,男性】
A 生まれた子どものホルマリン漬け,藤本裁判のえん罪,人間としての権利を与えられない,そういう風にしてきたのもまた人間であるというのが悲しい。同じような過ちを犯さないようにしなければならない。  【30代,男性】
B とてもひどい差別があったことを知り,大きな怒りを感じました。また,今でも厳しい社会の目があることに対しても,何とか早く解決できるように協力していこうと思います。
【40代,男性】
C12歳の少年の詩にある通り,“人間は人間らしく”本当にそうだと息います。気づいたら謝り,認めることこそ大事です。    【40代,女性】
Dひどい現実があったことを,少しでも多くの人に知ってもらわなければならないと思う。今でも,ハンセン病に対する差別はある。頭で覚えることはできても,本当に理解していないために差別がなくならないのだと思う。
国の政策が悪かったために,どれだけ残酷なことが行われたか,世の中の人が知らなければ,いつかまた同じような誤りが起こる。ねばり強い活動が必要だと考える。
【30代,男性】
E 世の中には,たくさんの問題があって,差別の話をあまりにも多く聞くものだから,自分の心が少しマヒしてしまっていたのだと思います。
パネル展を見て,本当にあったことを知りました。 【20代,女性】
F 報道等で知るよりも,こうして人のドラマとして知ることにより,より身近なこととして感じられました。
自分たちは,社会をよりよくするために何ができるか心に留めていきたいと思います。
パネル展示にあった,天皇崇拝の歴史と「敬天愛人」の文字が印象的でした。【30代,男性】
G 人間が同じ人間に対して毒害をもたらすような差別は断じて許せません。もっと一人ひとりが,ハンセン病に対しての科学的な知識と,これまでの患者たちの苦しみについて学ぶ必要があると思います。        【20代,男性】
posted by Moriyama Kazutaka at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

パネル展アンケートまとめ!

H ハンセン病に対する偏見・差別の実態を知ることができた。二度と悲劇が起きないように,ハンセン病について理解・学習を深めていきたい。  【30代,男性】
I ハンセン病患者の方たちのおかれた苦悩の歴史がよくわかり,胸が詰まる思いがした。自分自身がどこに立っていたのかを振り返り,差別をなくすための活動を行っていきたい。
【40代,男性】

企画・運営について気づいたこと
@ このようなパネル展等をこれからもっと増やしていくことを願います。
【20代,男性】
A 今日の企画を立ち上げてくださり,有難うございました。 【30代,男性】
B 奄美和光園が近年一般外来診療もなされ地域医療に貢献していることは,将来の展望を示している。
社会復帰もなされて,啓発活動の今後の継続を期待したい。   【60代,男性】
C 一回きりの企画ではなく,今後もこのような企画を継続して欲しい。
【 30代,男性】
posted by Moriyama Kazutaka at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

映画あつい壁上映時のアンケートまとめ!

・私がもし映画のような状況にあったら、賛成できるか分かりません。
(30代・女性)
・昔みたような記憶があるのですが… ‥違う映画だったのか。
差別、偏見、部落問題が取りざたされていますが自分がその立場ではないので遠い事のように感じていました。和光園があり、その人たちと接することで、ハンセン氏病の事を理解しようと努力しました。今私は看護師をしています。世の中どうして戦争をするのでしょうか?
愛と平和と民主主義を!
(40代女性)
・子供をもつ身だからこそ差別する気持ちがわからない
(60代女性)
・差別が人の命を奪うことを改めて実感しました。この世から差別がなくなることを願って闘っていきたいです。中山監督の「科学が感情に負けた」という言葉が心にズシリときました。差別の問題は、なかなかなくなりませんがすこしづつ解放される、できるとりくみをしていきたいと思います。(30代女性)
・思っていた以上に、ハンセン病への偏見があることにおどろき、ショックでした。
今小学校の子供がいますが、全くふつうに、和光園のみなさんと接していてうれしく思います。(40代女性)
・自分ならどうする、となんども問い掛けました。(40代女性)
・とても胸をうたれる内容で考えさせられます。子供をもつ親として、社会人としても自覚していきたいと思います。映画の俳優さん方も皆さんすばらしいと思います。
大変意義ある、価値ある作品ですね。(30代女性)
・科学が感情に負けた。差別は自分の身に降りかかってきたときに表面化する。(あれとこれは違う…)など。中山監督の言葉が身にしみました。映画は以前から見たかったもので、とても興味深く見せてもらいました。自分の内なる差別性を常に頭におきながら毎日の生活、学校の中で、人権や、ひとりひとりの幸福を考えていきたいと思います。(40代女性)
・差別の思想は人間として、一番の恥です。よい映画をありがとうございました。
なお宣伝がたりない。赤木名在住です。(60代女性)
・ハンセン氏病については知っているつもりだったし病気への差別についても知っているつもりだった。しかし、これほど厳しい差別だったということを、この映像
posted by Moriyama Kazutaka at 12:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

映画あつい壁時のアンケートまとめ!

を通して、またあらためて実感することでした。入所者のかたのお話を伺ったこともありましたが、視覚に訴える映像を観ることも大事だと思いました。もっと多くの人たちに観てほしい。一緒に考えていきたいと思いました。(40代女性)
・最初に監督の映画を作った思いも聞けて大変よかったです。映画の中で、子供たちまでも差別になっている状況があまりにも生々しく本当に考えられさせられました。私にできることは、今日感じたことを一人でも多くの人に伝えることだと思っています。ほんとうにありがとうございました。(30代女性)
・ハンセン氏病については、元患者さんの講話や本で知識としては持っているつもりであったが、今日この映画をみて改めて考えさせられるものがあった。このことを職場等でも意識づけをはかっていきたい。(40代女性)
・あんなひどい反対運動(子供を学校に入学させない、ハンセン病になった人々に対する差別ではなく、その子供たちのことに驚いた。あの人たちの心を気の毒に思った。そうした中で理解をしめしつつ生きている人々に敬意を持った。勇気があると思った。私は元ハンセン病者であるが目の前にハンセン病の人がいる現実では「うつらない」といわれても「こわい」 とおもうだろう。それが正直なことばまた考えだと思う。良い悪いは別にして・・・。
カラーでもうすこし大きい普通の映画がほしい。(80歳女性)
・まだまだ差別があるかもしれない。自分ではその様な事はないのにと思う。(70代女性)
・私は奄美に来て、和光園の存在を知るまで、ハンセン病についてくわしく知りませんでした。差別は今も現にあるとおもいますが、私たちの一言一言、一歩一歩でなくしていきましょう。あらゆる差別のもとである身分差別(天皇制)をなくさなくては、すべての差別はなくならないとの住井すえさんのことばをおもっています。
宣伝が全然行き届いていませんでした!(60代女性)
・今まで差別は、知識のなさが生むものだと思っていたけど、改めて人の心の複雑さを痛感しました。この映画を観て「うつるわけではない、でもなんだかイヤだ」そんな心が自分の中にもあるんだと気づけただけでも良かったと思います。(20代女性)
・むずかしかったです。(10代男性)
・差別をなくそうとしてもそれは無理だろう。自分を正常と自覚するには他者を異常と認知するしかないのだからだ。(20代男性)
・映画を観ての感想です。(40代男性)
短歌  病い持ち、生まれてきたに我が身をば
案ずる郷(さと)は、この世にはなく
posted by Moriyama Kazutaka at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

映画あつい壁上映時のアンケートまとめ!

してぼくは正解だと思います。これを知ればみんなが納得すると思います。(10代男性)
・今はハンセン病は少なくなっていますが昔ハンセン病にかかった人たちがどんな思いをしてくらしていたのかこの映画でわかりました。差別というものは昔も今もまだ残っていますがいつの日かこういう差別などがなくなりみんなが平和でふつうにみんなとくらしていけるように僕たちが作っていきたいと思います。(10代男性)
・二度目です。
「ハンセン病」‥・教師の姿勢を問う映画です。
「親にならなければわからない」このことばが本音とたてまえ、理想と現実なのか。
差別にたちむかう人でありたいと思っています。
ぜひ子供と教師一緒にみせたい。ありがとうございました。(中学校)
posted by Moriyama Kazutaka at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2005年11月01日

明治学院大學国際学部教授他生徒8名来訪!

本日明冶学院大学国際学部教授阿満利麿氏他生徒8名来園!

DSCF0039.JPG




先ず今回の目的は。生徒らにハンセン病施設を見学させ、入所者の方から話を聞きことであるが、先ず福祉室窓口にて正式に、施設見学の申し込みをする。
それで、福祉職員が園内を案内したが、園内見学でみえたので、あのよな対応しか出来ないことと後日説明がある。

今後の啓発活動等については施設等は個々団体の意見も十分に聞いていく中で、啓発活動には、今以上に力を入れますとのことでした。

次に場所を和光伝道所に移し、私の話と後は石原牧師が話しを進めた!ここでも東京ポチの話が出できまして、生徒らは、東京ポチとなんですかの質問に付き添いの先生から、説明がありなるほどとポチの事を理解した。

今後、ハンセン病問題等の啓発活動はやはり、入所者が主役であり施設側はサブに回り、手伝いする程度で良いのではと、小生は思った。
今回話された入所者のM氏には、感謝いたします。
今後福祉室に園内見学の申し込み書を置きそれぞれの団体の要望に添った啓発活動を行なうとの説明が聞かれた。
最後に今回は横のパイプが途中できれていきなり園に来た形になった。そのために双方で誤解が生じた結果になった。



写真は教会にて石原牧師の説明を聞く生徒さんたちです。
posted by Moriyama Kazutaka at 19:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記